2009年7月11日土曜日、長編コンペティション部門『それぞれの場所で』が上映された後、会場は拍手で包まれていた。
そして同作品のダルコ・ルングロブ監督と、映画祭の瀧沢裕二ディレクターが登壇した。

本作はセルビア、ドイツ、アメリカによる共同制作であり、セルビア共和国はわずか3年前の2006年に独立したばかり。
セルビア共和国のベオグラードには未だに戦禍の跡が残る。2008年にベオグラードで撮影したシーンには、その現状を見ることができる。
瀧沢裕二ディレクターはそうしたセルビア共和国の歴史に触れながら、監督に質問をぶつけた。

Q:作品の主人公<ロバート>役を演じたデヴィッド・ソーントンをニューヨークのオーディションで起用した経緯と、どのような俳優であるか教えて下さい。

A:デヴィッドの起用に至るまでは、長いプロセスでした。予算が少なかったため、ギャラも少なすぎるということで、当初はどのエージェントにも聞いてもらえませんでした。
しかし、アメリカの共同プロデューサーであるジム・スタークが脚本を気に入り、4,5人の俳優に連絡してくれました。そして彼等に会い、デヴィッドを選びました。 デヴィッドには長いキャリアがあり、今まで50本以上の作品に出演し、ジョン・トラボルタやデンゼル・ワシントンなどと共演しています。
また、<ロバート>の恋愛相手となる<オルガ>役の配役には、セルビア共和国で有名な女優であるミリャナ・カラノビッチが決まっていました。そこで画面上でミリャナと良いカップルになるだろうと思えたこともあり、デヴィッドをキャスティングしたのです。

続いて、観客からの質問も。

Q:デジタル技術による作品ですが、映像はフィルム撮影のような調子が感じられました。画面がザラついていて、良い感じだと思いました。何か意図はあるのでしょうか。

A:はい、画面の調子に気づいていただきありがとうございます。この質感を出すために、様々な技術を試みました。例えば、空気感を出すためには、ドイツのベルリン在住で、色味を修正するアーティストに修正してもらいました。ただ、フィルム撮影のように撮っていますが、観客に「完全なフィルム撮影の作品だ」と思わせたいという意図があった訳ではありません。作品の世界の雰囲気にあったザラつき感や色合いを出したかったのです。

Q:この作品の主題歌はシンディ・ローパーが歌っていますが、その経緯を教えて下さい。

A:<ロバート>役が決定する以前のことです。デヴィッドに会っている時、リビングルームに写真がありました。何か見たことがある顔の女性が写っている…と思っていると、デヴィッドの奥さんであるシンディ・ローパーだったのです。デヴィッドを起用したのは、シンディを巻き込みたいからではありませんが(笑)。また、シンディには主題歌だけではなく、<ロバート>の昔の恋人役を演じてもらいました。この作品がNYで上映された映画祭のレッドカーペットでは、シンディがいたこともあり、たくさんの報道陣から注目を浴びました。しかしその時、シンディは自身の音楽ではなく、「この作品をサポートしたい」という姿勢で作品の魅力を伝えてくれていたのです。そのようにシンディは、とても優雅で素敵な方です。

その他、ダルコ監督は、撮影監督であるマティアス・シェーニングとの運命的で面白いエピソードを明かしてくれた。偶然にも2人は、10年の時を隔てて、ニューヨークのマンハッタンにある同じアパートの同じ部屋に住んでいたというのである。

運命的な出会いや、様々な技術的な試みから生まれた本作には、
あたたかい雰囲気が感じられた。
ダルコ監督は観客から心のこもった拍手で見送られ、会場を後にした。

(Report:今井理子)