2009年1月12日(月)、『チェチェンへ アレクサンドラの旅』(アレクサンドル・ソクーロフ監督)を公開している渋谷・ユーロスペースにて、同映画の上映後、ジャーナリストの常岡浩介さんを招いてのトークショーが開催された。
常岡浩介さんは、長崎放送の報道記者を経てフリーとなったジャーナリストで、チェチェン、アフガニスタン、イラクなどイスラム世界の紛争地域を中心に取材している。チェチェンゲリラに従軍したり、ロシア警察に拘束されたりなど、経験豊富。今月中旬には、ガザ取材を予定している。

トークゲスト:常岡浩介さん 司会:吉川正文   
@渋谷・ユーロスペース

—400年もの間、大国ロシアに抵抗し続けているチェチェン人とはどのような民族なのでしょうか。そしてなぜ、カフカス地域を含め、チェチェンにロシアが戦争を仕掛けるか、その歴史的な背景を少し教えてください。
◆ロシアというものはもともと、モスクワ、キエフのような都市国家のようなもので、そこから、広大なシベリアからカフカスの地域まで、征服してできた大国なのですね。それに対し、チェチェンという国は山岳地帯にあり、周りの地域から隔絶されたような感じで、5000年前から、ずっと自分たちの伝統を守り続けて生活してきたのです。そこへロシア帝国が征服しようとやってきた・・・そのときからずっと抵抗を続けてきた国です。400年ほど前に征服が始まった頃から、だいたい50年ごとにチェチェン人による蜂起が繰り返されているわけです。そのたびに人口の3分の1が殺されたり、4分の1が殺されたり、そういった状況が続き、今の戦争は1991年からで、もともと100万にいなかった人口が、すでに、4分の1殺されたといわれています。

—チェチェン人特有の民族性があるのでしょうか?
◆いえ、ロシアにロシア民族は55%しかおらず、残りの45%はいろんな少数民族なのです。すべて、征服されて、支配下に組み込まれた人びとで、征服されるときには、チェチェンに限らず、相当な抵抗戦争が起こっていました。それにも関わらず、チェチェンが目立っているのは、密かに地下抵抗運動を行うのではなく、正面からロシアに刃向かうということをずっと繰り返しているからだと思います。また、チェチェンでの戦争が残酷なものになっているのは、勇敢に戦った者が賞賛されるというチェチェン人の民族性が背景にあり、徹底的に戦うという姿勢を崩さないからです。

—チェチェンの歴代の指導者が、皆、暗殺されたり、戦死したりしているのはなぜでしょうか?
◆世界にはいろいろなゲリラ組織がありますが、ボスが殺されると戦争が終わってしまうところが多いです。また司令官の暗殺合戦か、鉄砲玉のように出て行く若者が殺されるケースが非常に多い・・・ですが、チェチェンの場合、指導者が自ら先頭に立って戦い、撤退するときは一番最後に戻る・・・怪我人がいたら自ら担いで戻る・・・そうしないと誰もついてこないような社会なのです。そういう状態で戦うので、大統領や最高司令官から順番に死んでいくのです。

—常岡さんは、チェチェンゲリラと日常をともにしたということですが、その経験をお聞かせください。
◆1999年から取材を続けています。ロシアが完全に制圧していないこの頃まではチェチェンに入れたのですが、2000年から2001年にかけて、どうしてもチェチェンに入れない状況になりました。そのとき、グルジア(チェチェンの南隣)の山の中にチェチェン人の村ができ、そこへチェチェンの国防大臣が入り、部隊の組織を始めたのです。そこへ私も入り込み、1年半、村で一緒に生活しました。2001年には、チェチェンに戻るという作戦部隊に従軍し、約6ヶ月山の中をさまいました。

—カフカス地域というのはいろいろな民族がいるということなのですが、チェチェンの部隊にもいろいろな民族が関わっているのでしょうか?
◆基本的にロシアの少数民族はロシアの支配に苦しんでおり、不満を持っている人たちが、おおっぴらに独立宣言をして、正面から戦っているチェチェンに集まり、一種の代理戦争をしているという感があります。

—チェチェンやグルジアなどのカフカス地域は今も不安定な状態で、今後も緊張状態が続くと思いますが、常岡さんがこの地域を取材する事で訴えかけたい事は何でしょうか。
◆イラクやパレスチナ、ガザの戦争は、皆が知っているけれど、チェチェンの、民族殺戮・・・人口の4分の1が殺されている無茶苦茶な戦争・・・という問題がずっと続いているということは、話題にならず、あまり知られていません。中東の戦争は、当事者以外の国々の利害が絡んでいて、解決できなくなっていますが、アフリカやチェチェンの戦争は、誰にも注目されないから、当事者が無茶苦茶をやり続けているように思います。注目されないから、戦争がなかなか終わらないという側面もあるのではないでしょうか?だから、利害のない日本のようなところで、チェチェンでそのような問題があるということを広く伝えることが、重要なのだと考えます。