離婚調停中の妻ゼイナは、6歳の息子に揉め事を見せたくないがため、レバノンに住む妹に彼を預ける。しかし息子を送った数日後、レバノンで紛争が勃発。心配で耐えられなくなったゼイナは一人レバノンへ向かうが…。

長編コンペティション部門上映作品『戦禍の下で』は、2006年7月12日に始まったイスラエルによる爆撃に苦しむレバノンが舞台となっている。本作品はレバノン侵攻から10日後の7月22日より撮影が始められた。世界中でニュースや記録映画や劇映画を手がけているベイルート生まれのフィリップ・アラクティンジ監督は、「この作品は戦争に蝕まれていく祖国を見るに耐えられなくなったレバノン人の怒りと痛みです」と本映画祭にメッセージを寄せている。
上映終了後に行われたQ&Aでは、ビシャーラ・アッタラ助監督が観客からの質問に答えてくれた。

Q:この映画はどのように生まれたのでしょうか?
この映画の企画が立ち上がった時、監督のフィリップはフランスで脚本を書いていて、私自身はベイルートで戦争による難民の子供を世話していました。監督から電話があり映画を撮影するから協力してほしいと依頼があり、もちろんやりますと答えました。

Q:撮影はどのような状況で行われたのでしょうか?
実際に戦争が起こっている中での撮影は想像以上に困難の連続でした。例えばヒロインのゼイナがレバノンにやってくる冒頭のシーンは、約6000人を一斉に避難させるための1日だけの停戦日に行われました。現実には一斉に港を去る日に彼女は残した息子を求めてやって来るというダイナミックなことになりました。
プロセスの難しさについてもっと言えば、実際に戦争が終わった直後、人々が初めて南部に戻っていく日に私達も同時に戻っていきました。通常なら1時間かからないところが9時間以上もかかりました。
ヒロインが子供を探して聞いてまわる道端や学校の人たちは、一般の人に映画であることを伝えた上で協力してもらい、真実を撮っていきました。ですから毎日の撮影を状況に合わせて変えていく必要がありました。一般の映画とは全く違う作りですね。不確定な要素を全くコントロールできない状況だったため、撮影したHDテープは67本にも及びました。12日間撮影した後でフィリップが一旦フランスに戻ってもう一人の脚本家と一緒に脚本を書き直しています。戦争についてのドキュメンタリーでは通常過去の出来事について作ると思いますが、現在起こっている戦争中の状況をカメラに収めましたから、ニュース番組が伝える事実、どこがどこを侵攻したとか、何人が死んだというような映像とは違う側面を見て頂けたかと思います。フィリップの考えは罪のない人がいかに苦しんでいるかを見せたいということなので、遺体自体を見せることは避けています。

Q:この主人公たちの宗教的な背景は?
レバノンを少しでも知っている方は、運転手トミーがクリスチャンであることが分かると思います。ヒロインのゼイナはムスリムです。レバノンには400万人程度の人口しかいないのに宗教は17種類もあり、隣人や友達について宗教に対してあれこれ言うことはありませんが、政治と宗教は影響しあっています。ですが、この映画は政治のことを言いたいわけではなく、人道的なものがテーマとなっています。よりよきコミュニティのためには子供が希望となるということを伝えたかったのです。

Q:先ほど子供が希望だと言っていましたが、どれだけの希望を持っていますか?
私個人としてはこの世界の全て、宇宙の希望全てが子供にあると思います。レバノンの人々について話せば、5000年の間、戦争を繰り返し止めることができない、まるで火種が続いているような状況なわけです。レバノンの特徴としては自分達のことを自分達で決めることができず、周りの大国に動きまわされてしまう。ひとつの安全なプラットフォームにしがみつく状況ではないかと思います。みんなが平和を求めていると思います。戦争のあるなしに関わらず希望は必要ですが、この映画は観る方に、「気をつけて、こういう戦争が止められない国はこんな風になっているんだ」という忠告を持っていると思います。

最後にビシャーラ・アッタラ助監督は、観客にどうしても伝えたいメッセージがあると言った。
「私たちにとって映画を撮ることは降ってくる雨をよけながら走るような経験でした。そして、どんどん早く走れるようになっていったと思います。ご覧になった皆様も雨をよけて走ることができますように。」

(Report:Miwako NIBE)