運転するバスの中から麻薬が見つかったことから、仕事で訪れていたモロッコの地で、無実にも関わらず2年もの長期にわたって投獄されたベルギー人のバス運転手の実話を元に描いた『タンジール』。言葉の通じない海外で投獄された主人公が、弁護士から裁判長をはじめとするモロッコの司法、刑務所、領事館など、すべてが金品贈与に支配され、真実や信念が一切通用しない世界に投げ込まれ、この世の地獄ともいえる不条理にさいなまれる姿は衝撃的だ。上映後には本作の脚本を担当したポール・ピエフォール氏を迎えてQ&Aが行われた。

「今日この場に立ててとても嬉しいです。この作品のはじまりはとても小さい企画でした。モロッコの刑務所の実情を暴く目的で制作しました。この作品で、世界の反対側に来ることができてうれしいです」と挨拶。
作家としてベルギー国内で著名なピエフォールのもとにこの映画の主人公・マルセルのモデルとなった男性から電話があったのが本作のきっかけだったという。
「電話がかかってきて彼に実際会って、3時間話を聞きつづけました。聞き終わってすぐに絶対この話は映画にするべきだと思いましたね。」と述べ、「ノンフィクションと真実を組み合わせたようなジャンルの話を多く書いていたので、きっと私を選んだのでしょう。」と語った。ピエフォール氏によってマルセルの話が小説としてこの話を出版された後、彼の友人である映画監督フランク・バン・メヘレンによる本作の映画制作がすすめられたという。

また劇中に登場する“人は善人も悪人もいない。状況次第で変わる。”というモノローグについての質問に、「私はこの作品でベルギー人が悪いのか、モロッコ人が悪い、という一義的なことをいいたいわけではないんです。モロッコとベルギーの刑務所の待遇の違い、また贈与によって刑務所内の対応が変わってゆく様を描いてゆきたかったんです。」とこのナレーションにこめた思いを語った。
また、モロッコの刑務所の現状は?という質問について、
「現在はベルギーとモロッコの間で契約が結ばれたことで、マルセルのようなモロッコの刑務所に収監される囚人はいないです。当時から領事も変わりました。」と述べ、劇中マルセルが冤罪をかけられるきっかけとなった、麻薬を密売しようとした真犯人である旅行会社の社長についても、「いまだに社長の消息はみつかっていません。帰国後、マルセル自身もまた裁判に立たされましたが、私もその場に同席しました。「あなたの無実は私は知っています」と言う裁判長にマルセルが本(ピエフォールの著書)をプレゼントしたのが印象的でした。」と語った。
収監されている2年もの間で病気をわずらい憔悴してゆくマルセルを演じた俳優のフィリップ・ペーテルスについて質問が及ぶと、
「彼は国内では非常に有名な俳優で、キャスティングは彼を第一希望にしていましたが私たちのオファーについて彼が出した条件は「30キロ減量させてくれ」ということのみでした。彼は105キロあった体重を75キロに落とし、撮影中に除々に体重を戻し、最後のシーンは映画のファーストシーンでした。」と語った。俳優とはかくのごときものかと思わせるエピソードに会場がわいた。

(Report:綿野かおり)

★『タンジール』は7月18日(水)にも上映があります!