フランス映画界期待の新鋭、ジェローム・ボネル監督の長編第2作目『明るい瞳』の日本公開を記念し、東京日仏学院でジェローム・ボネル特集が組まれ、『明るい瞳』の特別先行上映、日本未公開の処女長編『オルガのシニョン』、短編『フィデル』の3本が一挙に上映された。『明るい瞳』上映後には、来日中のジェローム・ボネル監督によるトークショーが開催され、その端麗な容姿と才能に観客が酔いしれた。

上映前に観客の前に姿を現したボネル監督は、「今日はありがとうございます。とてもうれしいです。」とスラスラと日本語で挨拶し、さらにフランス語でこう続けた。「皆さんの前でとてもドキドキして恐縮している自分がいます。日本に来られたことをとても幸せに思っています。こんなにたくさんの方に集まってくださって、御礼を申し上げます。今は映画については話しません。サプライズを感じてくださる方が僕はうれしいですから。映画が終わってからまたここに来ますので、後でたっぷり話しましょう。それでは映画をお楽しみください!」

そして、上映後、感動覚めやらぬ観客の前に再び現われたボネル監督は観客からの質問に熱心に答えてくれた。

Q:『明るい瞳』の体を使ったコミカルなアクションや『オルガのシニョン』でのチャップリンへのオマージュなどがありましたが、コメディへの思いが監督にあれば聞かせてください。
A:『オルガのシニョン』、『明るい瞳』でもチャップリンへのオマージュがあります。実は私が子供の頃にチャップリンをよく見ていたので子供時代を思い出してしまう。そういうノスタルジックな記憶に基づいています。私の作る映画はいつも幼児性を失わない人物を扱っています。また、言葉のコミュニケーションは嘘をつくための最高の道具であって、体こそが真実を伝える最高の道具だという思いがあり、『明るい瞳』のヒロイン・ファニーのコミカルな行動は、私の信念からきていると思います。

Q:シューマンのピアノ曲を使っていますが、すごく好きなんだと感じました。監督がどのように感じているのか教えてください。
A:音楽の役割はストーリーからいうと、『オルガのシニョン』の主人公ジュリアンや『明るい瞳』のファニーにとって、音楽は生活の中である種の避難場所という役割を果たしていて、救われている部分があります。私はピアノを小さい頃に習っていた経験があります。練習が嫌いですぐやめてしまいましたが、それでも音楽は好きなんです。彼らがピアノに救われているように、私の人生は映画に救われているのです。そして、この映画には3つのシューマンの曲が使われていて、その一つは私が子供の時に弾いていた練習曲です。子供が弾く曲ということで、この映画にマッチすると思いました。あと二つの曲についても、以前発見した時に感動した思いがあり、ストーリーに合うと思って選んだのです。

Q:森の中のフェードインとフェードアウト、あんなに美しいものは見たことがありません。
A:僕自身も気に入っているカットで、実は偶然に生まれたものなのです。ドイツに向かって撮影監督と一緒に車を走らせていた時、突然真っ暗になり、そして光が現われる瞬間があり、あの映像が撮れたのです。私自身、偶然というものは信じないのですが、偶然は大好きなんです。

Q:次回作のテーマについて教えてください。
A:実はすでに映画は完成していて公開もされています(2007年3月フランス公開『J’attends quelqu’un』)。どちらかというと.『明るい瞳』よりも『オルガのシニョン』に似ています。たくさんの人物がいて、彼らのストーリーが交差しています。ただ、ストーリーは新しくしているつもりでも、無意識に自分が望む、望まないに関わらず、やっぱり出てくるテーマがあり、且つ、それらの人物が自分に似ているところがあります。それは孤独や家族の問題、愛を求める人間などです。もう一つ付け加えると、皆さんがご覧になった『フィデル』という短編からインスパイアされたストーリーも複数のストーリーの中に含まれています。今までの私の作品と同様、シリアスな部分とコミカルな部分が織り交ぜられています。

トークショー後、会場から出たボネル監督は大勢のファンに取り囲まれ、サインや写真撮影にも快く応えていた。実は5月10日、11日と20本以上の取材を受けるなど、超多忙な日本滞在を過ごしていた彼だが、一切疲れも見せない姿からは、映画を本当に愛しているという情熱が感じられた。
フランスの村からドイツの森へ〜。いつも孤独な女の子ファニーが森で暮らす木こりのオスカーと出逢い、はじめての優しい愛をみつけるまでを描いた、大人の物語『明るい瞳』は初夏公開!
(Report:M.NIBE)