『氷の微笑』『インビジブル』『スターシップ・トゥルーパーズ』などの監督ポール・バーホーベンが、20年もの歳月をかけ遂に完成させた『ブラックブック』。これまでオランダでは英雄視されてきたレジスタンスの暗部を描いたこの作品は、監督にとって『4番目の男』以来23年ぶりに母国オランダに戻って作られたもの。オランダ映画史上、最高の製作費をかけた本作が、3月24日、日本で公開される。それに先がけ、2月14日、数年ぶりに来日を果たしたポール・バーホーベン監督が都内にて記者会見を行った。

 これまで『氷の微笑』のシャロン・ストーンなど数々の女優をスターダムに押し上げた監督が本作に起用したのはカリス・ファン・ハウテン。まだ光ることのないダイヤの原石を多く発掘してきた監督の目に、彼女はこれまでとは段違いの輝きを見せつけたと言う。「何かネガティブなことを見つけるほうが難しかった。これまで会ってきた中でもカリスはずば抜けた才能を持っていた。彼女なくしてはこの『ブラックブック』をつくることは、絶対にできなかったはずだ」

 こうしてカリスという逸材と作り上げたこの『ブラックブック』は、監督にとって実に23年ぶりの母国製作映画。それまでいたハリウッドから久しぶりに戻ってきた母国の映画界は大きな変化を遂げていたのだとか。この10年〜15年の間にオランダでの製作本数は増加し、それに対する出資も増加。このことから「現場のスタッフの力は、ハリウッドと比べてもなんら変わらなかった」と話す。そしてその変化は観客にも影響を及ぼしていた。「今作はオランダの暗部を描いている。しかしながら、新聞もテレビも観客も怒り出すような人はいず、皆真実を受け入れてくれたんだ」。事実、「今作は、この20年で最も成功を収めた作品」のだという。
 この観客の変化は、世界に対する観客の意識の変化を物語っているのだとも話す。「アメリカというネガティブな力をもった政治の嘘を、皆自覚し始めたんじゃないだろうか。この作品にたくさんのお金が出たのもそういった原因かもしれないと思う。この作品はどこか、今とつながる部分があるんだ。例えば後半、ラヘルがオランダ人の手によって収容所で辱められるけど、この前のバクダッドの収容所で起きた事件を連想したんじゃないだろうか。しかも、このシーンは15年前に書いたものだ。それに史実。だからみなの意識が変わってきたんだよ」

 この作品のメッセージを実に力強く語る監督だが、自身にとってこの『ブラックブック』は、重要な作品になったようだ。これまでいたアメリカには、映画にかけるお金はあるが、表現する上での自由を獲得することが難しいのだという。事実、これまでにも映倫とのもめごとは数多くあった。その中で作られた『インビジブル』は、監督の特色のひとつであるバイオレンス、狂気といったものが色褪せた感のある作品だった。しかし、監督はこう語る。「あのときはスタジオの奴隷になってしまっているようだった。自分とは遠く離れてしまったんだ。そして、その自分の失ってしまった魂をとりもどすためにつくったのが『ブラックブック』なんだ」

(林田健二)