10月14日から22日まで千葉県東葛地区で行われている東葛国際映画祭2006。そのコンペティション部門で90以上の作品の中から日本代表として選ばれたのが柿本ケンサク監督の『バウムクーヘン』である。その上映が10月15日行われ、柿本監督、今宿麻美、桃生亜希子の3人が舞台挨拶を行った。

監督の柿本ケンサクは今年24歳。この『バウムクーヘン』を大きなスクリーンで観るのが監督自身も初だったという事で「こうしておけばよかったなぁ、というところはいくつかありましたね。」と語った。しかし、これまでの作品には工藤理沙主演『スリーピングフラワー』や村上淳、松岡俊介ら主演『colors』などがあるが、それらの作品には、24歳という若さだからこそできるきれいで斬新な世界観と、逆に24歳とは思えぬほどの技術、メッセージ性が存在する。そこにはこれまで映画というメディアが忘れてきたとてつもなく大事なものを、誰よりも大切にし、同時にそれを世界に広めようとする監督の真摯な姿勢が強く感じられる。そして何よりも監督は”ピース(平和)”を求める。一歩道を踏みはずせば”闇”へと進んでしまいそうな人間の奥深い部分を描いた作品で、柿本監督は必ず”光”へ向かっていこうとする。それが作品自体の世界観と共鳴し、観る者はその世界の光の温かさを胸で感じ取る事ができるのだ。
「今日初めて完成したものを観たんですけど、すごい温かい気持ちになりました。現場ではなんか本当に仲良くなれちゃって・・・すごい楽しかったんです(笑)。現場に行くのがすごい楽しみだったし、終わるのが悲しかったっていうのが今まで一番強かったかもしれません。」(桃生亜希子)
「監督の作品は3回目なんですけど、どの現場も本当にいつも楽しいですね。」(今宿麻美)
「僕もまだ若いんで作る事になれているわけじゃないけど、こっちが楽しまないと楽しくないじゃないですか(笑)」(柿本ケンサク)
3人がそう語るように、現場での姿勢からも監督の意志が感じられる。

今回上映された『バウムクーヘン』も、”光”へと向かっていった作品だ。
物語は長男の太郎、次男の次郎、三男でニートのヒロトの川野辺家3兄弟とその恋人たちを描いた【川野辺家の世界】と、バーで男達がしている3兄弟の噂話を女が聞いている【バーの世界】、それらの模様が描かれている小説を読んでいる【ユミの世界】、そしてそのユミの物語を小説に書いている【小説家の世界】。この4つの世界が「幸せになる種」によって繋がっていくというもの。その世界がたとえ小説の中の世界だとしても、どの世界が嘘でどの世界が本当だとしても、誰もが幸せを求めている。この映画で監督が求めた光は今までの作品に比べても、特に強く、かといってそれが説教くさくも無いし、いやらしくもない。監督自身が「バカだなぁって思うところがたくさんありましたね(笑)」と話すように登場人物たちがかっこつけていない。だから、ただただその世界の住人達が愛しくて、いつまでもこの映画を観ていたくなるのだ。そう、気付けば、『バウムクーヘン』を観ている僕らも”幸せの種”によって繋がっているのだ。
「すごく簡単に言うと幸せとかっていうものは、全部繋がっているんだよってことを表現したかったんです。本の中の作品の人も、地球の裏側の人もみんな幸せっていうものでリンクしていると思うんですよね。」(柿本ケンサク)

今回の上映はワールドプレミア。今回の上映を見た観客達が一番最初に見た観客となったのだ。そんな観客たちの様子は、多くの人が映画を観て笑い、誰もが少しさっぱりとしたきれいな顔をしていた。そこにいた人全員に監督の姿勢が伝わっていたのだろう。そんな観客達に柿本監督がメッセージを送り、舞台挨拶を終えた。
「僕、若いし、幸せってこうだって両腕あげて宣言できる人じゃないんですけど・・・この作品は一番幸せなところで終わっちゃいたかったんです。この映画の中の人が幸せで、それを観た人が幸せになって、また薦められた友達とかに広まってくれて。そういう細かい粒が積み重なっていけば僕も嬉しいです。」
(林田健二)