シネマコリア2006。第1日目となる8月19日のラストを飾った『愛してる、マルスンさん』。ありふれた日常の中にこそ存在する一人の少年のなんとも微笑ましい生活と、その少年が大切なものを失くした悲しみの中で強く成長していく様子を描いた感動作。この映画について、舞台挨拶を行ったパク・フンスク監督が熱い想いを語ってくれた。
 
舞台となる1979年から1980年は韓国では最も激動の時代。軍人のクーデターで政権が左右され、1年間で3人大統領が変わるという暴力的で不幸な時期。しかし、どれだけの抑圧の中でも、「一人の少年が成長し、夢を描くことは抑えられない」と監督は語る。「妨げることのできない少年の成長していく力。健康に自由に成長していく力。それは実に偉大なんです。」

「この話をずっと映画にしたいと考えていました」と話す監督だが、その本作とデビュー作『私にも妻がいたらいいのに』には全く同じシーンが一つ存在する。
「韓国の場合、厳しい映画制作状況のなかでこの映画のような少年、子供を主人公にした映画をつくるのは大変難しいのです。韓国で成功するためにはスターがでなければならないからです。よって第1作目からこの映画をつくることは不可能でした。しかし、私はどうしてもこの話を映画にしたかった。だからもし私がデビュー作で消えてしまっても、このシーンだけは入れておきたかったんです。しかし1作目、2作目と成功を収め、3作目は自分のやりたい映画をとらなければいけないと思い、本作を作りました。」
 また、そのデビュー作にも出演していたイ・ジェウンという名子役が今回の主演にもなっているが、その演技力にはただただ感心してしまう。彼のするひとつひとつの表情が僕らの心を激しく揺らす。しかし彼の他にもう一人、僕らの心を奪う名俳優が出演している。それがいつも大衆歌謡を歌いながら、主人公にいたずらしてくるダウン症の少年である。
 「ダウン症の役を演じた子は、実際にダウン症の人なんです。リアリティを追求したかったので出演を依頼しました。確かに、撮影の際に困難がなかったわけではありませんが、それは実に些細なことでした。なぜなら彼はプロダクションに入って仕事をしているプロだからです。彼は、俳優になりたいという強い夢をもっている子なんです。」

 どんな政治的な抑圧であっても、どんな生まれもっての障害であっても、人間が成長する力を止めることは絶対にできない。この真実を、映画監督にとっては厳しい環境で訴えたパク・フンスク監督。その事実さえもが、この映画のメッセージをより強いものに変えてしまう。
(林田健二)