2001年9月11日。世界が悪を目の当たりにしたあの日から「5年」という期間を経て10月7日、9.11を題材にした映画、オリバー・ストーン監督の『ワールドトレードセンター』が公開される。それにさきがけ8月10日、全米公開と時を同じくして日本で完成披露試写会と記者会見が行われた。ゲストとして会見場にやってきたのは実際に2001年9月11日崩れ行くワールドトレードセンターに人名救助の為、命をかけて乗り込んでいき瓦礫の中から奇蹟の生還を果たした当時、湾岸警察官のウィル・ヒメノ氏(33)。劇中ではマイケル・ペーニャがその役を演じ、本人も映画のアドバイザーとして、そして俳優としても参加している。

 ———悲劇を実際に体験し、死を目の前にしたヒメノ氏は事件から全米公開を迎える今日までの「5年」という期間をどう考えているのだろうか。
 「5年という期間は適切な時間だ。僕らのように9.11を体験した人たちや遺族たちにとっては癒しの時間が必要だった。だから映画のお金稼ぎのために今よりも前に映画をつくることはしちゃいけなかったんだ。それにこれは語り続けなくてはいけない真実。だからこそ5年という期間は早くもないし遅くもない適当な期間だと思う。」
 ———語り続けなくてはいけない真実だからこそヒメノ氏自らアドバイザーとしてこの映画に参加しリアリティを追及した。アドバイザーとして参加することに躊躇はしませんでしたか?
 「躊躇はしませんでした。2001年当初から、僕がインタビューを受けられるまで回復してから、当時の上司のすすめを受け、色々なインタビューを受けました。なぜ僕が躊躇しないかというのは、それが真実だからです。真実を伝えることに躊躇する必要はまったくないと考えています。ジョン・マクローリンもそうです。彼も同じようにたくさんのインタビューを受けていました。
この映画は決してウィル・ヒメノとジョン・マクローリンだけの話ではありません。全員の家族、救助隊の人々がどういう経験をしたかを描いていると自負しています。私の父はよく「真実は常に残る」と言っていました。それを信じ、僕は真実だからこそみなさんに語ったわけです。映画のアドバイザーでも私はオリバー・ストーン監督には、瓦礫の中の会話についてはすべて監督に伝えました。オリバー・ストーン監督はすべて網羅して映画に入っています。」
 ———ヒメノ氏が追求した真実は撮影のために再現されたワールドトレードセンターのセットにも表れている。
 「セットの正確さには驚いたよ。僕のほかにも9.11を体験した警察官たちが多く参加していたんだけれど、みんなセットを見て泣いていた。僕もそうだ。撮影中、僕は一人でコンコースを歩いてみたときがあったんだけど、あの日が戻ってきたような感じがした。」
 ———この映画が追求したリアリティはセットだけではない。ヒメノ氏と彼の上司・ジョン・マクローリン氏(ニコラス・ケイジが演じる実際の人物)がこの映画の主人公ではあるが、これは決して2人だけの物語ではなく彼らの家族、チームメイト、彼らを助けた海兵隊員、あの日命を顧みず勇気をだした人全員の物語となっているのだ。映画のクライマックス、ヒメノ氏とマクローリン氏が救助されるシーンで彼らを迎えた警察官たちはみな9.11に関わった警察官なのだ。そんな彼ら全ての人に対してヒメノ氏は感謝と敬意を忘れない。
 「僕があの惨劇から生き残ることができたのには4つの理由があるんだ。1つは、僕はボスと呼んでいるのだけれどジョン・マクローリンの指揮力だ。彼のワールドトレードセンターに対する知識と正確な判断力がなかったら僕らは間違いなく死んでいた。彼は実に有能な指揮官だ。2つ目はチームワーク。劇中、アントニオ・ロドリゲスが僕が押していたかなりおもいカートを代わって押してくれたシーンがあったけど、あれも実際に起きたことだったんだ。あのチームを思いやる気持が僕の命を救ってくれた。3つ目は宗教心。映画にも出てくるけど僕はあの地獄の中で確かにキリストの姿を見た。神との対話をしたんだ。神を信じ祈り続けたことが僕の命につながっている。そして4つ目。それは生きたいという意欲だ。妻のために、幼い娘のために、ともに苦しんでいるジョン・マクローリンのために、愛する全ての人のために僕は生きなければならなかったし、生きたいと強く思った。その生に対する強い意欲があったからあの地獄を乗り越えることができたんだ。」
 ———そんな全ての人を描いたこの映画でヒメノ氏は政治的なメッセージなどではなく、悪夢の元に生まれた希望、愛を伝えたいのだと語る。
 「僕はあの事件を体験して思ったことがある。僕ら人間はもっと小さな日々のことに時間を割かなければいけないんだ。あの日、死というものを目の前にして人生は実に短いことを実感した。いつ死んでしまうかわからないんだ。もし生きれるなら1日1日を大切にする、とあの時誓ったよ。もっと妻を愛し、もっと子供の相手をしてやるんだとね。だからみんながこの映画を観て帰ったら愛する人をハグして大事なことを伝えてほしい。明日にはそれはできなくなっているかもしれないんだ。」

 ———記者たちの全ての質問が終り、会見も終わると思われたころヒメノ氏宛てに届いた1通の手紙が紹介された。旅客機がツインタワーに衝突する映像を日本で目の当たりにし、自分たちに何かできることはないかと、2001年10月6日、自ら惨劇の地に足を踏み入れた11名の日本人消防士。彼らからの手紙だった。「あなたの行動は全ての人たちにとって大変意義のあること。あなたに最大の敬意を払います。」この言葉に、今まで実に明るく堂々としていたヒメノ氏が目を真っ赤にしてこう答えた。
 「ありがとう。彼らは、僕にとってはブラザー、同志だと思います。本当に泣きたい気持ちでいっぱいです。もしあの事件の日、彼ら11人があの場にいたら彼らも必ずタワーに入っていただろう。人々を守ることが我々警察官、消防士の使命だからね。11人に最大の敬意を払う。心からお礼を言います。」
(林田健二)