今年5月のカンヌ映画祭で世界初上映され、各国のメディア、ジャーナリストから「今年のカンヌで最高の映画」と絶賛された『グエムル 漢江(ハンガン)の怪物』がいよいよ9月2日から日本全国で公開される。「殺人の追憶」のポン・ジュノ監督(36)が今回挑戦したのは驚愕のパニック・エンターテイメント。韓国の実力派俳優陣の迫真の演技、さらに『デイ・アフター・トゥモロー』『シン・シティ』を手掛けたWETAワークショップが作り上げたリアルで躍動感のある怪物『グエムル』、と注目せずにはいられない作品だ。韓国では先週7月28日に初日を迎え、台風、大雨という悪天候という条件ながら『ブラザーフッド』の初日動員数32万人を上回る、45万人を記録し、公開3日で188万人という好調なスタートを切っている。

7月31日、ポン・ジュノ監督および劇中でグエムルと戦う家族5人の来日記者会見が行われた。冒頭、登壇者全員が日本語で一言づつ挨拶し場内のマスコミを驚かせた。また同じく韓国人で女優のユンソナが花束を贈呈し、応援メッセージを贈った。通常の会見では質疑応答の後フォトセッションが行われるが、今回はフォトセッション終了後にじっくり時間をかけて質疑応答が行われた。

Q:映画のメッセージは何ですか?
ポン・ジュノ監督:この映画の中では物理的にカンドゥ(ソン・ガンホ)とその家族が怪物と戦っていますが、それと同時に社会を浮き彫りにするものを作りたいと思いました。世界は家族を見放し、周囲の人たちは誰も助けません。国、社会などのシステムは果たして弱い人間を助けただろうか?ということを別の角度から語りたいと思いました。

Q:グエムルの誕生、死にはどちらもアメリカが関連しています。韓国のアメリカに対する空気を感じました。監督はどのようにお考えですか?
ポン・ジュノ監督:数年前、私は沖縄旅行に行きました。沖縄には米軍基地がありました。同じく韓国にもたくさんの米軍基地があり、米軍関連の良くない事件が起こっています。実際6年前に毒物流出事件がありました。私はこの映画の背景に、一つのジャンルを作る上での出発点として事実を盛り込み、米国風刺を込めて描きました。怪獣映画に取り入れてはどうかと思ったのです。日本でも『ゴジラ』誕生の背景には広島の原爆投下による放射能汚染が描かれています。この映画が公開された時、反米映画だと評されましたが、単なる反米映画ではなく、社会矛盾をも描いているのです。

Q:漢江(ハンガン)はどのような場所ですか?漢江ロケにまつわるエピソードをお願いします。
ピョン・ヒボン:普段近くで見ているので、気安く、楽な気持ちで接しました。ソウル市民は漢江に対して自負心を持っています。今回の撮影で昼と夜では全く違う面を持っていることに気付きました。天からの贈り物ではないかと思います。
ペ・ドゥナ:ニューヨークのセントラルパークのような憩いの場所と言えると思います。よく散歩をする身近な存在です。
ソン・ガンホ:普段は運動や散歩をする場所です。この映画で怪物を見たり、戦ったりするシーンを撮影しました。怪獣はCGですからもちろん何もいないところで、私達は空に向かって戦う演技をしました。くつろぎながら側で見ていたたくさんの市民からは、ちょっと頭がおかしな人たちに見られました。(笑)
ポン・ジュノ監督:映画で苦労した所は、普段から市民がいるので制限しづらいという点です。川の色々な面を見せようとしましたが、何もかもうまくいきませんでした。水位の高低、天気など、私にとっては悪夢のような存在でした。結果は観客の皆さんにお任せしたいと思います。今度の作品は100%スタジオで撮りたいです。(笑)
パク・ヘイル:普段は市民の憩いの場所ですが、この映画では裏の部分も見せています。例えば下水溝は市民が見ることがない場所です。下水溝でのロケの前には俳優・スタッフが全員破傷風の予防接種を受けました。数十メートルから、もっと深い場所で撮影を行ったのです。夏は悪臭がひどく、冬は凍えるような寒さで大変でした。
コ・アソン:漢江は家から近いのでいつもは友だちと遊んだり、家族と一緒に夜景を見たりする場所です。実際に下水溝に入ってからは、印象が変わり、違って見えるようになりました。

Q:WETAワークショップ・オーファネージに特種効果の造型を依頼した発端は何ですか?
ポン・ジュノ監督:一番大切なのはリアリティでした。この映画に出るグエムルは日常の話です。日常を踏まえてリアリティのあるものを作りたいと思いました。デザインのモチーフとして汚水による奇形の魚に着目しました。登場人物は韓国人の家族ですから、アジア的、韓国的なものを作ってほしいとCGスタッフに依頼しました。キャラクターにリアリティを持たせるため、怪獣であっても時には転んだり、ミスをしたり。最終的な怪獣のキャラクターは「根性の曲がったハイティーン」になりました。

Q:最近は日本で韓国映画が当たらないこともありますが、この映画ではどのような計画を持っていますか?
ポン・ジュノ監督:日本は怪獣映画王国であり、故郷であると思います。このジャンルにおいて特別な愛情を持っている国です。韓国には今までそのような作品も愛情もありませんでした。その日本でどう楽しんで頂けるか大変気になります。韓国映画にも色々ありますので、日本の皆さんには完成度の高い作品をたくさん見てほしいと思います。この作品がターニングポイントになるだろうと思っています。

Q:俳優の皆さんが監督からのオーダーで最も苦労した部分はどこですか?
コ・アソン:怪物にさらわれ、水に落ちるシーンです。事前に監督から水には入らないと聞いていたのですが、撮影の1日前に急きょ落ちることになり、とてもヒヤヒヤする気持ちを味わいました。役柄のヒョンソは私に似ていたのですんなり役に入れました。でも途中で人を助けるシーンを演じて、私にはできるかな?と考えさせられました。
パク・ヘイル:他の人はどう思うかわかりませんが、ポン・ジュノは俳優を苦労させる監督だと思います。先輩に裏切られるシーンがあって、嫌になるほど走りました。そしてカットの後、監督は優しい顔で「もう一回やろう」と言うのです。でも苦労した分うまく撮ってもらったし、憎めませんね。
ソン・ガンホ:監督は特別には注文しないが、精神的にくたくたにさせます。撮影の一週間から10日前からちくりちくりと話をするのです。お陰で眠れなくなりました。どのシーンも全て苦労しました。特に一家の父が亡くなったシーンです。
ペ・ドゥナ:特別ありませんが大部分で苦労しました。というのは冗談です。(笑)下水溝のシーンでの悪臭、走るシーン、たった一秒だけのシーンであっても徹夜で夜通し走り続けたりしました。私は高所恐怖症なので、橋の上で寝るシーンはつらかったですね。役柄についてはいつも冷静沈着で集中力があるようにとの注文が多かったので、どんな時も心がけました。私自身は必ずしもそうではありませんが、時々「幽体離脱をしているね」と言われることがよくあります。そういう面では映画の中のキャラクターに似ているところもあったかもしれません。
ピョン・ヒボン:ほとんど言いたいことをみんなに言われてしまいました。(笑)雨の中で死んでいくシーンに17日間かけました。雨を降らせる装置を高い位置に設置し、その雨を見せるために、通常の3倍から5倍の大きさの粒を降らせました。あられのような大きな雨粒が体にあたるので、なかなか死ぬことができませんでした(笑) キャラクター作りでは、若い時に遊んでいたという背景があったので、もともと歯は白いのですが、色の付いた義歯を差して遊んでいたことを表現しました。世代のイメージ作りで詰め物をしてお腹を大きくもしました。監督は撮影中に注文はしませんが、10回、20回、30回と撮り直しをするのです。笑顔で言われると、怒っていても、怒鳴る気にもなりませんでしたね。
Q:それは監督のこだわりですか?
ポン・ジュノ監督:私は普段から怒らないんです。マスコミの皆さんお手やわらかにお願いします。今後のキャスティングに差し支えが出てしまうかもしれません。アニメーションを撮るしかなくなってしまいますから。

Q:1300万人を突破した『王の男』を抜くと思いますか?
ソン・ガンホ:監督が立派な作品を作ったので、すばらしい記録ができつつあるのではないかと思っています。またマスコミの期待がとても大きいです。でも記録よりも大切なもの、力があること、自負心を持ってもらえることが一番大事です。
ポン・ジュノ監督:前作の時は韓国にスリラーというジャンルがありませんでした。そして今回怪獣映画を撮ろうとした時、幼稚な子供の夏休み映画になるからやめた方が良いという声が多くありました。でも多くの方に受け入れてもらうことができました。どういうジャンルにしても可能性があるということで、意義があると思います。

(m.nibe)