中東で武装勢力の人質となり帰国した主人公・有子をめぐる国内での痛烈な批判の日々を描き、今年のカンヌ国際映画祭コンペティションに選出された小林政広監督の話題作『バッシング』が、東京フィルメックスにてジャパンプレミア上映された。上映前の舞台挨拶には、小林監督と今回が初主演となった占部房子に加え、香川照之、加藤隆之、本多菊次朗ら俳優陣も顔を揃えた。「小林監督はここ最近ずっと寒い冬に撮影した作品を4月のカンヌ映画祭に出品するというスタンスで作品づくりをされてます。僕は海外の人たちにこの作品を紹介するなら、小林監督は日本のアキ・カウリスマキですと伝えます。(占部さんをちらっと見て)日本のアキ・カウリスマキが日本のジュリエット・ビノシュを主演に撮った映画です。似てますよね?」と香川照之の粋な作品紹介で上映はスタートした。上映後のティーチインでもさまざまな質問が飛び出すなか、一番印象に残ったのは主人公のキャラクターについて。中東で人質となった日本人女性というとどうしても高遠菜穂子さんをめぐる状況が頭をよぎるが、小林監督は彼女をモデルにしたのではなくあくまで設定をモチーフにしたと強調し、
「“とってもいい人間であるはずの主人公”という風にも、“人に迷惑をかけるとんでもない主人公”という風にも、良いようにも悪いようにもどちらにも描こうと思えば描けることです。僕は主人公の姿をそうした意図なく描きたかった。有子はとくに素敵な女の子なわけでもないし、欠点だってあるごく普通の女の子として描きたかった。意識して意図しないように心がけた。」と語った。

これまでの作品と比べても「絵をつくる」ということよりも「ドラマを描く」ことに重点をおき、少数スタッフによる撮影スタイルで撮影したという。
「今回の作品は、役者の力によるところが大きくこの役に合った役者がキャスティングできた時点で80%は成功したと思った。だから絵作りや演技指導にこだわってしまうとこの映画はつまらなくなってしまうんじゃないかと思って、役者さんにはあまり口出ししないようにしました。」と語った。

また、海外での上映後の反響について「カンヌでもたくさんのインタビューを受けましたが、ジャーナリストに聞かれた質問はほとんど「どこからが本当のことで、どこからがフィクションですか?」というような内容に終始していました。「なぜ彼女が帰ってきてからバッシングに遭うのか理解できない」と言われましたが、僕も説明できませんでした。日本人のメンタリティに関係しているのでしょうか。」と小林監督。主人公有子をめぐるさまざまな事象に対してこの映画は明確な答えや方向性を示すことは最後までしない。ラストの彼女の決断をどうみるかは、観客次第なのだ。
東京フィルメックスのコンペティションとして上映されたこの作品は、4人の審査員によって本年度のグランプリに選出された。国内配給はいまだ未定である。
(綿)