今年も東京フィルメックスが初日を迎えた。第5回となる今年のフィルメックスは有楽町アサヒホール、フィルムセンター大ホール、そして銀座シネ・ラ・セットなき後を継承する有楽町シネカノンの3会場にて、5周年を迎えるにふさわしいラインナップを携え、9日間の間、有楽町は映画一色となる。

映画祭全体として、主にアジアの今を伝えるラインナップの中で、異彩を放っているのは「今だから観ておきたい!」とフィルメックスが提唱する監督・テーマで送る特集上映である。今年選ばれた特集は、日本映画の巨匠・内田吐夢(1898−1970)である。人間愛にあふれた深いドラマ性で多くの映画ファンを魅了してきた内田監督だが、その実験精神にあふれた作風から、国内というより海外での評価の方が高いとされる映画人である。今回、生涯を通して60本を越える作品を生み出し、『宮本武蔵』五部作や『大菩薩峠』三部作といった大型時代劇でも名高い彼の作品群の中から戦後を中心にバラエティに富んだ傑作選を紹介していく。

そしてこの特集上映にあたり、内田吐夢作品のファンである高橋洋氏、篠崎誠監督がその魅力について語るという豪華なトークショーが開催された。内田監督の精神性、編集技法、ものの見せ方、フレーム位置・・といった監督経験のあるお二方ならではの、その内田監督作品への思い入れを存分に語り合ったのであった。

「リング」、「リング2」のモノクロの使い方に内田監督「飢餓海峡」の影響を見てとったという篠崎監督。それについて高橋氏に尋ねると、やはり「「飢餓海峡」のシーンが心象風景として心に焼き付いていた。カメラマンに対して水の粒子が一粒一粒映るように撮影してほしいとリクエストしたんですよ。」のだという。さらに高橋氏は、「一番最初に作品を見たのは高校生のときです。その時すでに8ミリで映像を撮っていたのですが、あの三國連太郎がさまようシーンを撮りたくなって下北半島まで行ってしまったんです。映画を観てその現地まで行ったのはあれが初めてです。」と、若かりし頃に内田作品から受けた衝撃を物語るエピソードを披露した。

そして、最後にその魅力について篠崎監督は「いわゆる良くできた映画というものを飛び越えている感じがある。人間のリアリズムを追及した繊細で端正な部分と、それに背を向けたような破綻を恐れないところが混在していて一本一本が全然違うんですよ。ただ観て、経験して欲しい映画です。」とコメントすると、高橋氏も「「恋や恋なすな恋」にはぶっとびました。実験性の強さという点では今の時代もこういうやり方で映画を撮ったほうがいいんじゃないかと思うくらいです。(今人々が観たら)最も影響を受けるんじゃないかと思う作品ですね。」と熱い思いを語り、今の時代にあってもなお色褪せない内田吐夢の魅力を改めて思わせる内容に、会場を埋める往年の映画ファンたちは一心に聞き入ったのであった。

恥ずかしながら特集上映のオープニングとなった「血槍富士」が内田吐夢初体験となった私だが、人間味、そして人情あふれる人物描写や時々度肝を抜かれるアングルで迫る映像体験には大変ショックを受けた。映画史に誇れる内田氏のような人物と新しく出会えるような機会が設けられたことは単純にとてもうれしいものであった。

まだ内田作品を観たことのないあなたも、もう一度スクリーンで見たいあなたも、この機会に是非!

◆「内田吐夢監督選集」はニュープリント6本を含む全13作品。東京国立近代美術館フィルムセンター大ホールにて28日まで開催される。

(Yuko Ozawa)