『二十四の瞳』、『カルメン故郷に帰る』等、日本映画史に燦然と輝く作品を多数監督し、小津安二郎、黒澤明監督と並び称される名監督、木下恵介監督作品の完全DVD化がついに決定した。木下恵介DVD−BOXは、来年の11月で創業110年を迎える松竹が、記念事業の一環として発売するもので、初リリース12作品を含む木下作品全49作品を2005年1月28日発売の第1集から11月下旬発売の第6集まで、隔月ペースにリリースしていく。また日本を代表する名匠の全集という企画に相応しく、製作会社の垣根を越えた協力体制が結ばれ、松竹作品のみならず木下監督が東宝で撮った2作品も含むラインナップが実現した。DVD製作には、小津安二郎DVD−BOXでも高い評価を受けたスタッフ陣が再集結し、ハイビジョンマスターで画像修復作業を行い、また木下監督作品中43作で撮影監督として木下組を支えた楠田浩之氏が監修を務め、公開当時のクォリティの再現に務めている。
 この木下恵介監督作品DVD−BOXの発表会見が、10月14日銀座ソミドホールで開催され、DVD−BOXの概要と共に、修復された高画質映像や、日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』のモノクロ版の一部などが披露された。後者は、カラー版と同時に全篇撮影されたものだが、ところどころでカラー版のみ、モノクロ版のみにしかない場面も存在する。全て消失していたとされていたこのモノクロ版も、木下監督自らが保存していたオリジナル版が発見され、今回のDVD−BOXに収録されることになったもの。まさに、日本映画ファンにとって垂涎の映像と言えるだろう。
 また、この日の会見では、木下組ゆかりのスタッフ、キャスト陣が出席し在りし日の木下監督の思い出を語った。以下、そのコメントを紹介しよう。

楠田浩之氏(木下作品第1作から43作までを担当した名撮影監督。木下監督の義弟)——『カルメン故郷に帰る』は、日本初のカラー映画ということで、フィルム感度の低さやカラー用メークアップ材が無かったこと、そしてカラー版のシーンを撮り終わると万一用にモノクロ版の同じシーンを撮ったりと、苦労を重ねた撮影でしたが、なんとか上手く完成できました。『上高地の死闘』という作品の準備で上高地でロケハンをしたところ、それをスケジュール内に終えることが困難なことが判明し、仕切り直しにになった作品が『カルメン故郷に帰る』でした。東京に戻った木下監督は、1週間であれほどの作品の脚本を仕上げ、まさに天才監督の名に相応しい仕事ぶりでした。

楠田芳子氏(『夕やけ雲』等の脚本家。木下監督の実妹)——素では、あの人はとても褒め上手。私の場合もシナリオライターを目指していたというわけでもなく、脚本も初めて書いたようなものでしたが、自分が書いたものを読みに行くと気持ちよく聞いてくれて、褒めてくれるのがなんとなく楽しいなと、気づいたら沢山書いてしまいました。『夕やけ雲』に関してもあまり脚本は直されませんでした。ただ『青春』という元のタイトルを『夕やけ雲』に変更しようよと言われ変更したのですが、今思ってもそれでよかったと思います。普段から優しい兄でしたが、脚本を書上げると投宿先の熱海や奥湯河原の旅館から「読みに来ないか」と主人(楠田浩之氏)に電話がっかってくるので、よく訪ねたものです。皆にとても気を遣う兄でした。

木下忠司氏(『カルメン故郷に帰る』等の音楽。木下監督の実弟)——兄との音楽の仕事は、最初の3本くらいは直接向きあって、脚本の音楽をつけるところに赤い線をひきながら打合せを行いましたが、その後は助監督さん経由で赤い線をひいた脚本を渡され、こちらで勝手にやるようになりました。脚本上では1頁くらいだったシーンが、出来上がったフィルムでは5分くらいになっていて、さて、どんな風に延ばそうか(笑)と苦労したことも何度かはりましたが、後は任されっぱなしで上手く行ってましたね。ただ『二十四の瞳』だけは、兄の方で小学校唱歌だけで行くと決めていたので、細かく打合せをしましたね。小学校唱歌には、海外の曲に日本の詞をつけたものも多く、元とは全く別の意味になっているものもありますので、海外向けの版にはそうした曲を別の曲に置き換えたりもしましたね。

山田太一氏(脚本家・作家。木下監督の門下生)——私生活、演出、脚本と様々な面でものすごく色々なことを教えられましたが、中でもやはり一番は脚本家の部分ですね。木下監督は脚本を書くのが早く、長くかかっても一月はかからない。先程芳子さんのお話にあった、熱海や奥湯河原にはどちらもついていったことがありますが、口述筆記をなさるんですよ。部屋で布団に寝転がられて、「シーン1…」とほとんど淀みなく各シーンをおしゃべりになり、私がそれを筆記したわけですが、シーンが終りそれを私が頭から読むと直そうかという場面が1・2箇所あるかないかのほとんど完成品になっている。本当に天才だと思います。私は、寝転がって脚本をかけるなら楽でいいなと、自分も真似しようかと思いましたが、未だにそんな高等芸はできません(笑)。

田村高廣氏(俳優。デビュー作は木下監督の『女の園』。『二十四の瞳』等)——木下監督からいただいた、今も大事にしている言葉があります。3本目の木下監督作品『遠い雲』の撮影中、悲しい場面で私が悲し気な素振りをしたところ監督がわざわざそばにみえて、「田村君、俳優さんはね、その役の心がしっかり腹に座っていれば、余計なことは何もしなくていいんです。いや、しない方がいいんです」とそうおっしゃいました。その時はあまりよく意味がわかりませんでした。後になればなるほどその監督の言葉を思い出し、考えれば考えるほど難しい言葉です。でも、僕は一生懸命、そういうものだと自分に言い聞かせて、まず初歩的なことですが、いただいた役の心を大事にするために、何度も何度も脚本を読み役の心を噛み砕き、その上で出来るだけ簡素な演技を心掛け、今もコツコツやっています。それがやはり今の僕には一番あっていると、今はそういう気持がします。

井川邦子氏(女優。『二十四の瞳』等)——私はやはり役者としては何も知らない時期でしたから、木下先生には一からご指導いただきました。先生が大自然の中を、大きな声を張り上げて駆け回られていた姿は、今も忘れることはできません。本当に温かい先生でした。

 なおDVD−BOXは、下記のラインナップでリリース予定。日本映画の至宝をじっくりと味わえる好企画に、期待は高まる。
(殿井君人) 

【木下恵介DVD−BOX】各35,000円(税込)

第1集(2005年1月28日発売予定)
・二十四の瞳
・花咲く港
・生きてゐる孫六
・歓呼の町
・陸軍
・大曾根家の朝
・わが恋せし乙女
・結婚
・不死鳥
・特典ディスク(二十四の瞳<ワイド版>ほか)

第2集(2005年3月下旬発売予定)
・カルメン故郷に帰る
・女
・肖像
・破戒
・お嬢さん乾杯
・四谷怪談<前編>
・四谷怪談<後篇>
・破れ太鼓
・婚約指輪(エンゲージ・リング)
・特典ディスク(・ルメン故郷に帰る<モノクロ版>ほか)

第3集(2005年5月下旬発売予定)
・野菊の如き君なりき
・善魔
・少年期
・海の花火
・カルメン純情す
・日本の悲劇
・女の園
・遠い雲
・夕やけ雲
・特典ディスク

第4集(2005年7月下旬発売予定)
・喜びも悲しみも幾歳月
・太陽とバラ
・風前の灯
・この天の虹
・風花
・惜春鳥
・今日もまたかくてありなん
・春の夢
・特典ディスク

第5集(2005年9月下旬発売予定)
・楢山節考
・笛吹川
・永遠の人
・今年の春
・二人で歩いた幾春秋
・歌え若人達
・死闘の伝説
・香華(前篇)
・香華(後篇)
・特典ディスク

第6集(2005年11月下旬発売予定)
・なつかしき笛や太鼓
・スリランカの愛と別れ
・衝動殺人 息子よ!
・父よ!母よ!
・この子を残して
・新・喜びも悲しみも幾歳月
・父
・特典ディスク