大学院に進学した友人の引っ越し祝いで集まった若者達。その日浜辺には、一頭の鯨が座礁し、一人の男がビルとビルの間に挟まってしまった…。そんな、些細な1日の出来事を、それぞれのエピソードや時制を交錯させつつ描いた作品が、行定勲監督の最新作『きょうのできごと』だ。邦画を代表する若手実力派の最新作であり、また同じく若手を中心に人気俳優が多数出演する作品らしく、映画ファンからの期待も一際高く、11月7日のオーチャードホールでの上映は、平日の晩にも関わらず3階席まで埋め尽くす観客の熱気で大盛況。さりげなく平凡だけど、パーソナルには特別な出来事は多くの若いファンから支持され、場内はなんとも幸福感溢れるムードに包まれた。
 そんなムードの中で行われたティーチ・インには、田中麗奈、妻夫木聡、伊藤歩、柏原収史、三浦誠己、石野敦士、松尾敏伸という俳優陣と行定監督が登場する豪華さだった。
 本作は柴先友香の小説を映画化作品。「原作にほとんど忠実です。台詞が兎に角生き生きとしていて、自分の身近な人がリアルにくだらない日常を語っている感じなんです。ただその日常が、すごくいとおしい感じがしました。原作に無い部分は、クジラと壁に挿まれた男の部分ですが、内側の中間達の飲み会の話と外側の世界が、すごく社会と個人の繋がりみたいな感じがして、そういう映画に拡がるといいなと思いましたね。原作にあった日常の豊かさを映像化したかったんです」(行定監督)と、原作の魅力とアプローチについてコメント。
 劇中登場人物の台詞は、関西弁によるものとなっているが、田中、妻夫木、伊藤、柏原らは関西弁は初めて。そうした部分でのトレーニングや、長回しによる芝居など大変だったこともあるが、それ以上に得難く楽しい現場だったと口々に語る。また多数の登場人物をさばくの演出の困難さについて訊ねられた行定監督は、「人がいればいるほど演出は楽。二人だったら二人だけの関係の方が難しく、増えていけばそれぞれが持つ関係性を作ってゆけば、勝手にやってくれるものです。80%は演出してない部分でしょうね(笑)。こっちは立ち位置と場所を提供するだけで、勝手に彼らがやっていく、その空気が面白いところでこっちはOKを出す繰り返しだったんで」とその答えはキャスト陣への信頼に裏打ちされたものだ。そして行定監督が語った「小津安二郎に成瀬巳喜男、今でも山田洋次監督が日本の日常を豊かに描いています。僕はそういう映画が大好きで子供の頃から観てきましたが、ただ今ではなかなか作られなくなってきました。今はすごく派手な事件が起きないといけないとか、悲惨な事件や悲しい出来事を描くスキャンダラスな映画が沢山観られるようになって…。でもこういう映画が、我々日本人が本当に豊かな日常を過ごしていることに気づかすきっかけになればいいなと思って、この映画をはじめました。これからも、こういう映画を作っていきたいし、また皆さんに見てもらえると嬉しい」という言葉に、観客からは深い同意と感激に満ちた喝采が送られティーチインは幕を閉じた。。
 なお、『きょうのできごと』は2004年春のロードショー公開予定だ!
(宮田晴夫)

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