村上春樹原作の短編小説「トニー滝谷」(文藝春秋刊『レキシントンの幽霊』所収)が、原作に魅せられ8年近く映画化を温めてきた市川準監督の手により製作が進行中だ。主演は、タイトルロールのトニー滝谷とトニーの父である滝谷省三郎をイッセー尾方が、トニーの妻A子と彼女の死後トニーの前に現れるB子を宮沢りえが、それぞれ一人二役で演じている。10月6日、本作の製作発表記者会見が、東京古書会館地下ホールにて開催され、市川監督と主演の二人が出席し、村上春樹原作映画化としては『風の歌を聴け』以来実に22年ぶりという作品に関しての質疑が行われた。
 「村上さんは、短編の名手と言ってもいいと思いますが、映画もきりっとした短編を読み終わった時のような充実感のあるものに仕上げたいと思います」と作品への意気込みを語った市川監督。原作へのアプローチとして、リアルなものをマイナスし、小道具にしろ登場人物にしろ最小限のもので表現することだとし、撮影のほとんど全てを横浜市緑区の環境事業局空き地に組んだステージ上で進めらるという、あたかも映画と演劇の中間をいくような独特の撮影方法がとられたそうだ。
 舞台の一人芝居等では、いくつもの役をこなすのはお手の物のイッセー尾形。だが、今回の一人二役はいつもの舞台よりも難しかったが、楽しくエキサイティングな撮影だったとか。「一人芝居は自分を作りこんで演じます。で撮影前のリハーサル時に、宮沢さんと役を作っていったら、市川監督が「それもいいが既にわかった世界だからやめてくれ」とおっしゃって。それをわかったつもりでも、撮影がはじまると過剰な演技になってしまうんです。そんな中で、ある時、宮沢さんのある演技を見て、その場の全員がわかったんですよ。作為的でなく、初めて体験していくことを表現していく映画なんだってね」。因みにその演技とは、B子はA子の衣裳部屋に一人入らされる場面での部分だそうだ。
 そんな宮沢は、一人二役は今回が初体験。「演じる難しさよりも、A子とB子それぞれの要素が私の中にもあるなぁというのが第一印象。全く別の人間ですし、価値観も全然違うんですが、それぞれに持っている心の中の思いが私の中にもあるなって。だから難しいというより、それぞれを演じることが面白かったです。」と、一人二役への感想を語った。
 ちょっと観た事のないような不思議な映画になりそうな、充足感に満ちた登壇者の言葉は、村上ワールドを起点とした新たな市川ワールドを期待させる。『トニー滝谷』は年内中の完成を目指し、2004年の公開予定とのこと。
(宮田晴夫)

□作品紹介
トニー滝谷