地下鉄で、街角で、憑かれたようにクロスワード・パズルを解き続ける女性。その1日の姿を追った『マラソン』は、74分というコンパクトな長さながら、その映画的な密度の濃さはヘビー級だ。現在アメリカに活動の場を移しているイラン映画界の巨匠、アミール・ナデリ監督は、小林正樹、新藤兼人、溝口健二ほか大好きな監督を輩出した日本で作品が上映される喜びと共に、「最後までご覧になってくださった皆さんの、忍耐に感謝します。ご覧になるのも大変でしたでしょうが、作るのも大変な作品でした」と苦笑交じりに挨拶した。本作の撮影は、6ヶ月間に及び昼夜を問わず行われた地下鉄等からスタートしたが、当初17人いたスタッフは、1・2週刊の内に12人が消え、最後の2ヶ月は監督とカメラマンのマイケル・シモンズ(一緒に来日し、当日は客席から鑑賞。因みに監督のインターネットでの募集広告を見て応募してきた彼は、23歳という若手だ)、女優のサラ・ポールの3人し残らなかったとか。「大勢でスタートしますが、ゴールでは孤独に数人の仲間しか残らないのは、まさにマラソンと同じですね」(ナデリ監督)。

Q.モノクロで撮られた理由と、アメリカで撮られた理由を教えてください。
——モノクロはクロスワード・パズルを思わせますし、地下鉄のイメージもモノクロです。また自分の最も好きな色彩でもあります。また私とカメラマンが大好きな日本の作品にも、『天国と地獄』、『ビルマの竪琴』などモノクロ映画が多いです。そして、観客にも画面に集中してもらいたかったのです。
私はアメリカに住むようになってから23年くらいになりますが、アメリカで作った映画はこれが3本目で、『マンハッタン・バイ・ナンバーズ』(93)、『A, B, C… Manhattan』(97)に続くトリロジーの最終章であり、ニューヨークに移り住んでからの経過を描いてきた3部作です。故郷のイランでも5・6本のモノクロ作品を撮っています。モノクロが大好きなんです。

Q.この作品は、個人の心理劇として見るべきでしょうか。それとも人生のメタファーを現している映画でしょうか?
——勿論、メタファーとして作りましたが、詳しく解説するつもりわありません。ご覧になったとおり、感じていただいたとおりです。私の作品の多くはメタファーとして作られたものですが、今日ご覧いただいたこの作品は、15・16年くらいつくりたいと思いつづけてきたものですが、ようやく完成することができました。

Q.この作品は先程監督が挙げられた『天国と地獄』と反対になっていて、屋外で地下鉄を中心とした部分と屋内の部分の二部構成となっていますが、撮影はそれぞれ纏めて撮られたのでしょうか。それとも、混ぜて撮られたのでしょうか。
——この映画の撮影の初日から俳優とカメラマンにマラソンの緊迫した空気を伝えたいと思いましたので、地下鉄の映像だけを撮りつづけました。それが全て終了してから室内のシーンに移ったのですが、室内の装飾や小道具も2・3日かけて自分で運び込みました。そして3週間のリハーサルを経て本番に入ったのですが、アパートのシーンは18分25秒のワン・カットで撮ろうと思いまして、42テイク撮りました。精神的に追い詰められ狂っていく様子を、観客に直接伝えたいと思ったからです。最終的に使ったものは41テイク目のものでした。室内の撮影に移ると、私とカメラマンと女優はもう互いに口もきかないくらい緊迫したものになっていました。何度もテイクを重ねるもので、女優は涙を流しながら「何故何度も繰り返すのか」と訴えました。「間違っているわけではないのだが、何か魔法が足らないんだ」という私の答えに「何処がいけないのか指摘してくれ、さもないとこれはもう拷問だ」と彼女が訴えてきた時には、既に41テイク目でした。それで私は自分の頬を41回ひっぱたいたところ、彼女が止めに入って「では、もう1回だけ」ということになったのです。このワン・シーンは258もの動きがあり、コンビネーションもひじょうに難しいもので、踊りのような動きを強いてそれを暴力性を強調するために使ったわけですが、意味と現場の雰囲気を合致させたかったんです。二人の忍耐に感謝します。

 最後にナデリ監督は本作を、黒沢清監督、SABU監督ら日本の新しい世代の監督に捧げると語りティーチ・インを締めた。なお、『マラソン』は有楽町朝日ホールにて12月7日11時10分からも上映される。
(宮田晴夫)

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