今日、世界で最も偉大なバレエ団の一つとして活躍を続けるアメリカン・バレエ・シアター(ABT)。その全てをとらえた記念碑的アート・ドキュメンタリー『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』が、ABTの来日公演を記念して9月21日からの渋谷・ユーロッスペスを皮切りに全国順次公開される。監督は、ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン。3時間あまりの上映時間の中、その通常では見ることの出来ないニューヨークでのレッスン風景やダンサー、スタッフの日常からから華やかなワールドツアーまでをあますところなくフィルムに刻みこんでいる。
 ロードショー公開に先立つ9月10日、本作のプレミア上映&スペシャル・トークイベントがユーロスペースにて開催された。この日のイベントには、世界十大プリマドンナの一人で本作のクライマックスを飾る『ロミオとジュリエット』等ドラマティックな作品で数多くの名演を見せるアレッサンドラ・フェリさんと、元・宝塚歌劇団「宙(そら)組」トップスター、ヴォーカリスト・姿月あさとさんが来場し、本作そしてバレエの魅力について静かにしかし情熱を持って語り、場内の熱心なファンを魅了した。そのトークの一部を紹介しよう。

Q.ご挨拶をお願いします
アレッサンドラ・フェリ——皆さん、こんばんわ。日本に来るようになって長年たつんですが、未だ日本語が話せなくて申し訳なく思っています。ですけど、こうして日本に戻れて本当に喜んでます。二人の子供の出産もあり、来日をキャンセルせざるをえないこともありましたが、今回日本で踊れることを嬉しく思います。今回は、ABTと新国立劇場の二つに出演しますので、約1ヶ月の滞在となりますが、このチャンスを本当に楽しみにしておりました。
姿月あさと——皆さん、こんばんわ。今回は、私も舞台を経験していたということでお声がかかり、映画も見せていただいてこのような場に立たせていただいておりますが、専門的なバレエとかではありませんけど、舞台に立つことの段階のこととか、共感することが沢山あるのでご一緒させていただいて、大変ありがたいと思っています。

Q.フェリさんは本作の中で、最も重要な役を担って出てられますが、撮影で印象に残ってられることはいかがですか?
フェリ——この映画を撮るのに、長い期間がかかったことは記憶してます。そしてこれは私達のために撮ったフィルムではなく、ドキュメンタリーだと思います。だから私達は、カメラを全く意識しないで毎日の生活を過ごしながら、それがカメラに収められた状況だったと思います。なので、誰も演技をしてませんし、本当のバレリーナの世界がご覧いただけると思います。ABTがどのような経験であるのか、私達の仕事の仕方、リハーサル、実際のパフォーマンス、そしてその後どれだけ疲れてしまうか、そうした素顔がすべてこのフィルムには収められています。ですからどちらかと言うと、この映画の収録はカメラを意識していなかったので、あまり記憶にありませんね。そして私達踊り手は、皆素顔でいられる。監督からも、こうして欲しいと言った要望は全くありませんでしたので、皆さんがこの作品でご覧になれるのは真実そのものです。

Q.ドキュメンタリーとして本当に素晴らしいことですね。そうした生にふれられる映像をご覧になっての姿月さんの御感想はいかがですか?
姿月——本当に羨ましいなと思ったんですけど、そういう生の部分を撮り続けてもらうということは、自分にとっても自然なことだと思いますし、どうしてもカメラがあると集中できなかったりとか、意識したものとして作られることがとても多いので、そういう作り方で出来て皆さんに見てもらえるということは、本当のバレエの世界、嘘のないバレエの世界が伝わるんじゃないですかね。

Q.本作のクライマックスでは、ケネス・マクミランが振り付けをした『ロミオとジュリエット』が流れ、そこで本当に上官の溢れる踊りをフェリさんは披露してくださるのですが、そのダンスの秘訣のようなものはありますか?
フェリ——残念ながらケネスが亡くなって10年が経ってしまいましたが、彼が亡くなった時、丁度私は日本でABTで踊っていました。このジュリエットは、私が19歳の時から踊っている役で今も踊りつづけている役です。この役は私の成長と共に変化をしていったもので、自分の可能性を学んだ役でもあります。兎に角この役を演じるためには、勇気と言うものがまず必要です。と言うのは、感情と言うものは演技が出来ないからです。その感情そのものを、自分が経験して生きなければならない。と言う事は、自分自身がそうした感情を表に出せる人間でなければならないのです。勿論、ジュリエットと言う人間は存在しません。ステージにいるのは私です。なので、私自身がジュリエットのような経験をしたら、どのように感じるのだろうか?感情は流れるのか?を想像しながら踊らなければなりません。ですから、この役を踊るこつは、ステージの上で私が自分自身になる勇気を持つ、それが一番のコツではないでしょうか。
私がはじめてジュリエットを学んだのは、ケネスとのリハーサルでした。その時彼は、「心配しなくていい、ステージで醜くなってもいいんだ」と言ったんです。私は物凄くショックを受けました。バレエを学んでいる時は、常に美しさを意識しなければならなかったのです。完全なポジションで、醜いかっこをしてはいけない。そう教え続けられていましたのですが、その時ケネスは「人間は淋しい時、悲劇的なことが起きたときには、人々が自分のことをどう思うかなど意識しなくなる時があるだろ」と。だから、感情を表現する際にはポジションを捻ってでも、感情を表すことが大事だと教えられました。それはこの役の限らず、踊るということの鍵となったと思います。ある時点で私は、テクニックというものは全て忘れて、テクニックの向こうにある感情の表現を重視して、美しくなければならないということを忘れて踊る勇気を学びました。

Q.ファンの方にメッセージをお願いします。
フェリ——また踊りで、こうして皆さんに逢える日を本当に楽しみにしておりました。今月は、日本で何度か出演しますので、皆さんと劇場で逢えることを楽しみにしております。
姿月——10月25日にDVD・ビデオが出ます(『collections! 姿月あさとの極私的バリハイ』発売:大映/販売:徳間ジャパン)。現在私はバリ島に住んでいる日本人として、私生活と言うか、風景や風、音をお伝えできる発信源であればいいと思っております。

なお、『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』は渋谷ユーロスペースにて2002年9月21日より、大阪シネ・ヌーヴォ、名古屋シネマスコーレにて2002年9月28日よりロードショー公開。その他都市でも、以後全国順次公開予定。また、渋谷ユーロスペースでは、9月23日(祝)3:45から本年6月、17歳にして、日本人女性ダンサーでは初めてABT正式団員となった加治屋百合子さんをお招いてのスペシャル・トークショーも開催される。
(宮田晴夫)

□作品紹介
BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界