1年程前にここで「MASK DE 41」という映画に全面協力したプロレス団体FMWの記事が掲載されたのを、覚えている人はいるだろうか。あのFMWは今は無い。

去年から今年にかけて、FMWには不幸な出来事が相次いだ。選手の大量離脱、映画でも重要な役を演じたエースのハヤブサ選手が、試合中の事故で頚椎挫傷の重症を負い、全身麻痺で戦線離脱。エース抜きの興行に観客数が更に減少、とうとう今年の2月には不渡りを出して倒産、荒井昌一社長が責任を感じて自殺という最悪な結末を迎えてしまった。映画は公開する機会を失い、今も目処は立っていない。

それから約半年の時を経て、FMWを愛した選手と関係者が新団体WMFを旗揚げする事になった。入院中のハヤブサ選手はコミッショナーとしての参加になった。記者会見の席に現れたハヤブサ選手の車椅子を押していたのがミスター雁之助選手だった。

「昨日も夜中の3時位まで会社で仕事をしていました」
小さな所帯でのスタート、とにかく人手不足の中、選手である
ミスター雁之助も交渉から事務までこなさなければならない。
しかし表情は思ったより明るかった。
「今度の旗揚げが僕の復帰戦でもあるんですよ」
今年1月に試合中に複雑骨折と靭帯損傷の大怪我。ようやく傷も癒えて復帰しようとした矢先、FMWの倒産という出来事が起きた。
「2月14日の午前中に退院して、その日の午後に不渡りが出たという知らせがあり、すぐ会社に行って」
会社にも債権者は押し寄せてきた。会社がかなり厳しい状況だったのは感じていたとはいえ「本当に急だったので。その何日か前にも荒井さんがお見舞いに来てくれて。皆、本当に知らなかったですよ。そこまでになっているとは」追い詰められた荒井社長は自殺してしまう。その経緯は『倒産!FMW』(徳間書店刊)に綴られている。

FMWがなくなってしまった。選手達は行き場を失った。他団体のリングへ上がる者、プロデュース興行を立ち上げる者、様々だった。
「他の団体に上がる気持ちは全然なかったですね。FMWでレスラーにしてもらって今がありますし。そこからどこかへ行きたいというのがなかったんです」

やがて自分達でもう一度団体を立ち上げようと思い立つ。選手や関係者達も集まった。
「僕とハヤブサがやると聞いて来てくれたんです。ハヤブサはある意味、FMWの象徴でしたから」
形になるのに半年の時間が費やされた。
「ハヤブサが『もう俺はいいよ』と言ったらそこで終りです。僕もそこで終わっていたと思いますよ。彼が身体も気持ちも前向きになってきたんで」
事故当時はまったく動かなかった手足も、リハビリの成果が徐々に現れてきた頃だった。
「僕もハヤブサもプロレスが好きでこの世界に入って来ましたから。厳しいけどやれるんであれば挑戦してみようと」
ミスター雁之助とハヤブサは、FMWの生え抜きの同期生であり大学の同級生でもある。「くされ縁ですよ」と笑いながら、他の団体へ行く事もせず、雁之助はハヤブサの再起を信じ励まし続けた。

ケブラーダ等の華麗な飛び技を得意とし「人があんなに美しく翔べるものなのか」と多くの人が感嘆を発したハヤブサ。当然トップとしてのプライドも高かった。その彼が今の様な不自由な姿で人前に現れる程に前向きな気持ちになれたのは、ミスター雁之助を始め元の仲間達の熱意があったからだろう。

「ハヤブサは入院中なのですが、旗揚げには本人は来たいと。彼もそんなハヤブサを見せたくないという気持ちもあると思うんですよ。それをあえて行くという気持ち・・前向きになったんですよ。ファンもハヤブサが見れてうれしいという人も、引く人もいると思うんです。でも今のハヤブサは車椅子のハヤブサですから・・でも、たとえば半年後や1年後には車椅子はいらなくなっていると思いますよ」

「WMFで、また昔のFMWに近いものがやれたらと思っています。名前にもこだわってます。メンバーもWMFでしか見られないよという。プロデュースだけして、皆フリーになって他所の団体に上がって下さいと言えば、会社としては楽なんです」
今すぐにというわけにはいきませんが、と前置きして
「やるというのは、選手として所属してもらい、団体としてリングがあって道場もあってという形なんです」

今回の旗揚げに際して、生前の荒井氏を知る人達のバックアップも大きな力となったと言う。
「荒井さんの事は誰も悪く言う人はいませんよ」
ミスター雁之助の声に力がこもった。
「人が良すぎて経営者として向いてなかったけれど、自分がやらなくてはならないという使命感でなったんだと思うんですよ。たまたま社長をする人がいなくなって、もしあの時荒井さんが社長になってくれなかったら、FMWはなくなって、僕もプロレスをやめていたかもしれません」

問題が山積みなのは解っている。
「忙しいけれど、楽しいですよ。希望がありますから」
鬚に覆われた顔に笑顔を浮かべて、ミスター雁之助は新宿の雑踏の中へ消えていった。

★WMF旗揚げ戦興行★

WMFプレ旗揚げ戦
日時:8月18日(日)13:00開場/14:00開始
料金:全席指定4000円 立ち見(当日のみ)2000円
会場:本川越ペペホール(西武新宿線本川越駅すぐ)

WMF旗揚げ戦 The independence Day〜新たなる希望〜
日時:8月28日(水)18:00開場/19:00開始
料金:特別リングサイド6000円 リングサイド5000円
   立ち見2000円(当日のみ)小学生以下無料
会場:ディファ有明
  (臨海副都心線国際展示場駅徒歩7分、ゆりかもめ有明駅徒歩10分)

お問い合わせ先:WMFオフィス 03-5362-7364

シエラのひとりごと〜
「荒井さんは誰に対しても平等でした」
ミスター雁之助選手がぽつりと言った。それは今回の取材を思い立った私達の気持ちと同じだった。畑違いの部外者に対しても、荒井さんはそうであったのだ。
雁之助選手も実は倒産から今までの間に、私生活でも不幸な出来事があった。「それはあまり言いたくないんです」リングの上を見て欲しいと言う。
どんな映画でも、その裏側には様々なドラマがある。
観客がそれを知る事はほとんど無いが・・。
「MASK DE 41」がもし公開されたら、困難と知りつつ再び戦おうとする彼等の心が少しはわかるかも知れない。そこには彼等が愛してやまなかったかつての「胸いっぱいのプロレス」の姿があるはずだから。

(取材構成 鈴木奈美子)

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