私とジャンヌとのあいだには、
一種の共犯的な感覚が生まれていました。

 作家マルグリット・デュラスと、38歳年下のヤン・アンドレアの愛の顛末を描いた『デュラス〜愛の最終章〜』。デュラスを演じるのはジャンヌ・モロー、そして愛人ヤンを演じるのは新進の俳優エーメリック・ドゥマルニーである。いつもたおやかで知的な雰囲気を漂わせたエーメリック。しかしインタビューは早朝だったため、まだ眠りからさめやらぬ表情で、コーヒーとビスケットを食べながら話してくれる彼は、少年のようでもあった。

Q.『デュラス〜愛の最終章〜』に出演することになった経緯は?
「映画に出る前に演劇学校におりまして、最初、友人のほうにダヤン監督からオファーがあったんです。彼自身はあまりやる気にならなくて、私に“こういう役があるよ”と教えてくれたんです。で、私からダヤン監督に電話をして会ったんです。
ジャンヌ・モローさんと共演が出来る、しかも彼女の愛人役…こんなことは滅多にない。だからやりたかったんです。それに、ヤン・アンドレアとマルグリット・デュラスの愛は、本当に美しいラブストーリー。それに僕は、ヤンに共感する点もあったんです。言葉に表すことがむずかしいんですけれど。
 私とダヤン監督が初めて会ったのは、パリのバーでした。しかし駐車場がわからなくて迷ってしまいまって。道は間違えるし、時間に遅れるし、雨に濡れるし…かなりひどい状態で彼女に会いました。でもそれが逆に、いい作用があったんじゃないかと思います。ダヤンさんがあとで言ってくれたんですが、私が約束の場所に現れた時、すぐに私を“探していたヤンだ”と感じてくれたそうです」

Q.ジャンヌ・モローさんに最初に会った時は?
「ジャンヌがいろんな話をしてくれました。“私は、自分の中にガイド、つまり導くものを持っているのよ”と。演技をする時には、彼女は何をすべきか、どこに行くべきか、どういう風に動くべきか、もうわかっているのだそうです」
Q.ダヤン監督は、デュラス役とヤン役について、どんな演出をなさっていましたか?
「監督はアドバイスするよりも、私たちを放っておいてくれる感じでした。私とジャンヌが、放って置かれるという状況の中から、強い愛情の関係を作り出すことを望んだんだと思います。フランス語では“セ・アムール(この愛は)”というタイトルがつくんですが、私たちが愛についての表現を作り出せる状態を、監督が作ってくれたんです」
Q.ジャンヌさんとは、撮影中、どんなコミュニケーションを取りましたか?
「ジャンヌは、いつも私にアドバイスをしてくれました。分刻み、秒刻みというくらいに、いつも何かを言ってくれました。さらに、彼女はデュラスさん自身を知っていたので、デュラスさんの宇宙がどういうものか知っているわけです。私はその世界に飛び込むだけ。アドバイスとは、たとえばひとつのシーンを撮る前日に彼女は本を渡してくれて“ここを読むをきっとあなたに役立つと思うわ”と、線を引いて印をつけてくれたりしたんです」
Q.撮影中にたいへんだったシーンはありますか?
「一番難しかったのは暴力のシーン。ヤンがデュラスを殴るシーンです。撮影中、ジャンヌが後ろに下がった時、彼女はあやまって後ろに倒れベッドに頭をぶつけてしまったんです。それでそのシーンを撮るのは延期になってしまい、私も眠れない時期がありました。それが苦い思い出ですね」

Q.『カプリ・セ・フィ二』をふたりで歌うシーン、いいですね。
「歌ったシーンはふたつあるんです。アパルトマンの中と車の中。アパルトマンのシーンは、いろんな感情が混じった開放的なシーンだったと思います。あの部屋の中で、ヤンとデュラスとスタッフは一体になり、みんなで一緒に作る楽しさを感じました。
 車の中で歌うシーン。デュラスがヤンに車の運転を教えてあげるという楽しいシーンです。本当にあのシーンは楽しいもので、アドリブがいっぱい出たんですね。自分の思っている言葉が自然に出て行って…。この映画のすべてのシーンについて言えますが、突然なにかが私たちに閃いて、監督の許可を得て作り出すことがとても多かったです。私とジャンヌとのあいだには、役作りについての一種の共犯的な感覚が生まれていました。
 たとえば、カフェでレモネードを頼むシーンもそう。あれは全く予定にないシーンだったんです。それが前の晩にジャンヌと話をして“こういうのもいいかもしれないですね”と。あそこでヤンがジュークボックスをつけるでしょ。あれは僕の大好きなシーンです」
Q.ヤンという人物に、どんな魅力を感じますか?
「全力で人を愛することが出来る…その能力に感服します」

Q.あなたは、38歳年上の女性を愛することがあると思いますか?
「もちろん、あると思います。愛にもいろんな形があり、たとえば38歳年上への愛ということを考えるならば、私は二年間、私の祖母と暮らしたことがあります。もちろん彼女と肉体的な関係はありませんが、大きな意味での愛ということを考えれば、そういう愛もひとつの形。24時間、共犯者のような形で一緒にいて、相手の人にいつも注意を注いであげられる。それも愛の形ですよね」
Q.デュラスについては、どんなところが魅力だと思いますか?
「デュラスの世界に没入するために、いろんな彼女の本を平行して読みました。平行して読んだので、彼女の文学としての質をわかるまでには至らなかったと思います。しかし彼女の宇宙を知るという意味では、いろいろ吸収しました。この映画を撮り終わってからも、彼女を再発見するような気持ちで『夏の雨』という作品を読んでいます。撮影を終わった時、ジャンヌがくれた本なので、よけいに愛着がわきます」
Q.最後に『デュラス』を見る人にメッセージを!
「愛がどこまでたどりつけるものか、それを本当に知りたい人は見てください。それからジャンヌ・モローさんをぜひ見てください。彼女は現実以上に美しい。崇高な美しさです」

取材・構成/かきあげこ(書上久美)