ーー撮影までに20年掛かったそうですが。
クリストフ・ルッジア監督 ストーリーそのものは私の経験だったり、知り合いの経験だったりする。そういったものを少しづつつなぎ合わせてみたけれど、シナリオは中々完成しなかった。その間に中篇と長編を撮った。長編を撮った後、「クロエ〜」にそろそろ取り掛からなくては、と強く思ったんだ。

 −−幾つかの実体験に基づいているわけですね。
 僕は6才の頃に父親を亡くし、妹と2人、親戚の家を転々としてマルセイユに落ち着いた。妹は父の死を理解できる年齢ではなかったからそれを乗り越えるのも難しかった。彼女は、自分は父親の子供ではなかったんじゃないかと疑いさえした。このシチュエーションはクロエとジョゼフの母親が違ったというエピソードに反映されている。
 もうひとつ、僕が映画を志しパリに出て行った頃、友達になった人がいた。一人は生まれてすぐ母親に屑篭に捨てられた青年だった。母親は10年後に彼に会いにきたという。これも映画に取り入れた。もう一人は親が暴力を振るい、公的機関に保護された青年だ。彼の名はジョゼフというんだ。

−−本作を観て、レオス・カラックスの「ポンヌフの恋人」を思い出したのですが。
 ありがとう。僕はカラックスが好きだよ。映像も色使いも演出も、そのテーマ性も。この映画と『ポンヌフ〜』とは近いものがあって、だけど同時に遠いともいえる。彼の愛の捉え方は非常に強烈で、それ以外の要素は全て締め出してしまうような感じがある。同じ愛でもその部分が違うと思うよ。ジョゼフの妹クロエに対する愛は本能的な、腹の底から湧きあがってくるような思いで、彼はもうクロエなしでは生きてゆけないんだよ。
 僕自身、辛い子供時代を送ってきたけれどたくさんの映画を観ることでそこから脱出できた。「クロエ〜」は映画に対するオマージュでもあるんだよ。登場人物のクロエは映画を象徴するもので、はじめは言葉を話せない。そしてジョゼフのクロエに対する愛は、僕の映画に対する想いでもあるんだ。

 −−クロエを演じたアデル・ハネル、ジョゼフを演じたヴァンサン・ロティエ、映画初出演ながらともに素晴らしい演技を見せますね。
 子役は一般から広くキャスティングしたんだよ。街頭で探したり、学校や孤児院にまでぴったり来る子はいないかと探し回ったね。ヴァンサンは会ってすぐに大好きになった。彼自身、複雑な境遇に生まれた子供だった。アデルはやる気のある女優でシナリオを読んだ後、質問もせずにすぐに撮って欲しいと言ってきた。
 彼らの演技指導は研修のような形で数ヶ月間続けた。週に何度も会ってじっくりと話し合って、どういうものにしたいか僕が思い描いているものを伝えた。もちろん、命令するのではなく選択肢を幾つか与えて、後は君たちの好きなようにやっていい、と言った。
 僕はどの映画でも撮影の前に最低1、2ヶ月の準備期間を設けるんだ。こうしておけば、カメラを回し始めたときには俳優との絆が確実に生まれているんだよ。(取材/文:寺島まりこ)