インドネシアという国からステレオ・タイプ的に連想する風景とは、まるで異なる一面の砂漠。砂が強風により強く吹き付ける過酷で、同時に幻想的な風景の中で暮らす薬売りの母とその娘を通じ、無条件の愛、力そして忍耐を描いた作品が、ナン・アハナス監督の長編劇映画デビュー作となる『囁く砂』だ。企画自体は7・8年前から始まったものの、映画製作が困難な状況のインドネシアでは一進一退の状況が続き、そんな中で本作で主演も務めるインドネシアの国民的大女優であり、またインドネシア映画界の今後を常に考えているクリスティン・ハキムさんが援助を行い、彼女を通じNHKにも話があり共同製作で参加することになったそうだ。2ヶ月前に本国で公開され、作品性の高さを兼ね備えた数少ない自国製作作品として大きな反響を呼び、また現在各国の映画祭での受賞・招聘が続いている。
 第4回アジア・フィルム・フェスティバル参加作品として、東京国際フォーラム・ホールDでの12月17日の上映時には、ナン監督とクリスティンさんが来場、上映後のティーチ・インでは、作品のテーマやインドネシア映画の状況に関しての質疑が、新人・ベテラン二つの世代の女性映画人に向けて行われた。特に、インドネシア映画の将来への希望の灯を灯し続けるべく活動しているクリスティンさんは、質疑の最後には、今回の作品に携わった日本人スタッフに向けて丁寧なお礼を述べて、会場は熱い声援でそれに応えていた。

Q.クリスティン・ハキムさんに、『眠る男』の中で南から来た女という大変不思議な役柄を演じられてましたが、今回はがらっと変わって土着的な母親像を演じられてますが、この映画に出られることになって一番魅力はなんでしょうか。また、娘役を演じた少女(ディアン・サルトロワルドヨ)について、プロフィール等を教えてください。
クリスティン・ハキムさん——最初にディアンさんについてお話しましょう。彼女はこの映画が最初の映画でした。撮影中は高校生で、今は大学生になりましたけど、非常に知的で賢い女性で、そして忍耐強く全てのことに認識深く、直ぐに理解していく才能の持ち主です。彼女は大都会で生活していますが、今回のようなシチュエーションにも直ぐに溶け込んでしまう適応性の持ち主であり、素晴らしい素材です。将来もとても期待できます。海辺の町での撮影時には10時間以上も直射日光下にいたことがありますが、彼女は全く苦情も言わずとても感心しました。私は、彼女が私以上の俳優に成長することを願っています。
そして第一回長編監督作品を撮ったナン監督、豊かな才能を持ってダヤを演じたディアンさん、こうした方々が将来のアジア映画を背負っていく人達だと思います。でも、それには多くの機会を与えてくださること、それらを一つづつ乗り越えていって素晴らしい人材に育っていくことを願っています。そして私は年を重ねていっていますから、これからは物凄いエネルギーで何かを行うということが、段々限られていくかと思います。ですから、若い次世代の人が育っていくことを願っていますし、多くの援助をいただけることが一番大切だと思います。
私が一番喜びとすることですが、才能豊かな監督がその作品の中で演じて欲しいと要請されることです。それはナン監督であり、小栗耕平監督であるわけです。私は多くのことを経験していますが、この『囁く砂』の中で演じたことは、『眠る男』の中で学んだことを継続していったと思います。

Q.ナン監督に、母と子というテーマは女性監督にとって永遠の仮題だと思いますが、特に母の子への愛情は映画で充分に伝わりましたが、さらに付け加えたいことがありましたらお願いします。また、このように国民的女優であるクリスティンさんと、多分貴方の学校の先生でもあるスラメット・ラハルジョ・ジャロットさんというゴールデン・コンビを演技指導した事に関してお聞かせください。
ナン・アハナス監督——私も女性にとって母子の関係は永遠のテーマだと思います。私は小さいときから、非常に精神的に強い女性達の間で育ちまして大きな影響を受けました。そして私は、昔から女性の問題について強い関心を持っております。もう一つ言えるのは、私の父はフェミニストで彼の歴史ではなく彼女の歴史を語ってもいいのではないかと、いつも言ってました。私はこの映画の中で、母性、母がよい側面だけを持っているわけではなく、人間なので長所もあれば短所もあるということを描きたかったのです。
クリスティンさんとスラメットさんとの関係ですが、私は10年前の学生の頃からお二人に様々なことを学んできました。とても親しい友人として、人間関係を保っています。私が学生の頃からお二人は、学生に対してとても親しい関係を築いてきましたから、私はここで演出をするというよりも沢山のことを学ばせてもらったというのが本音です。この経験を次回作に活かしたいと思っています。

Q.今年、また来年以降のインドネシア映画界の行方はいかがでしょうか
クリスティン・ハキムさん——私よりももっと若い世代全てがインドネシアの映画、そしてアジア映画の将来はあると思っています。勿論、インドネシアの経済不況や国の状態は映画を沢山作れるようなものではありません。製作資金・配給システムなど様々な問題も抱えていますが、映画を作ろうという希望や意欲は大変活発です。そしてインドネシアでもハリウッド映画は沢山上映されておりますが、インドネシアでハリウッド映画を観るのは中流の上から上の層であり、人口の大多数を占める中流の下以下の人達はやはりインドネシア映画を最大の喜びにしています。だからインドネシア映画を望む人は沢山いますし、有能な才能が様々な形で映画を作り続けたいという意欲がありますので、インドネシア映画の将来は希望があると思いますし、また希望をともしていかなければならないと思っております。私が映画会社を作り製作に携わり始めたのも、私達の先輩たちも持っていたインドネシア映画の灯を消すなという思いに答えて、インドネシア映画界の中で希望を見出す一つの作業をしたいということです。

なお、第4回NHKアジア・フィルム・フェスティバルは、東京国際フォーラム・ホールDにて23日まで開催中。『囁く砂』は、この後2月21日19時〜、12月23日16時30分〜の2回上映される。

□第4回NHKアジア・フィルム・フェスティバル
http://www.nhk-p.co.jp/event/asia/asia.html

□作品紹介
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2612
(宮田晴夫)