『受取人不明』キム・ギドク監督ティーチ・イン 「今回の作品は70%が事実、ジムフは私の姿です」
23日の最終上映作品は、この夏公開された『魚といる女』で、日本の映画ファンにも作品の衝撃と感動が綯交ぜになった感情で、その名前を強烈に印象づけたキム・ギドク監督の『受取人不明』が、コンペティション参加作品として上映された。本編上映後のティーチ・インに登場したギドク監督は、作品の強烈な印象とはちょっと異なり?、いかにも好青年といった面持ちだ。「日本に来た事はありますが、日本の映画祭に参加するのは初めてで非常に嬉しい」と挨拶後、会場からの質問に一つ一つ丁寧に答えるギドク監督だが、質疑の合間にディパックからデジタル・カメラを取り出し、会場の様子を興味深げに撮影してみたり、観察眼と欲求は飽くなきものがありそうな様子だ。質疑が終了後、「様々な映画祭で上映してきましたが、映画を観た観客がほとんど一人も退場せずに観てくれたのは、今回が初めてです」と、東京フィルメックスの真摯な姿勢と観客に謝意を述べたギドク監督、ロビーでもファンに囲まれて大人気だった。
Q.今回の作品は非常的な色合いが強く、英語で米軍人の恋人の名の刺青をした母親は、韓国そのもののようでしたが…
——韓国に米軍基地が出来て50年くらいになりますが、挑戦戦争終結後韓国の女性と恋愛関係になった米軍兵が、その証として女性の身体に名前の刺青を残す習慣がありました。米兵との混血児として生まれた者たちは、自分の母親に残っている刺青を屈辱的に感じることが多々あるのです。本作でのチャングクは、母親の胸に残された米兵名の刺青を見る度に、当時のことを想像してしまう。全く返事の来ない夫を待ち、意味のない時間を費やすことから母親を解放するために、唯一彼にして上げられたのが、自らの手で刺青をけずることだったのです。
Q.ストーリーの基本のアイデアに、ヒント等はあったのでしょうか?
——私はソウル郊外のイルサンという町に住んでいますが、そこは米軍基地が沢山ある所で、そこにはチャングクのモデルになった私の友人が住んでいました。彼は、自分が混血児として生きていくことを放棄して自殺してしまいました。片目を失ったヨンゴクという女性のモデルも近所です。ジムフというちょっと気の弱い男性は、私の姿と言えます。今回の作品は70%が事実に基づき描いており、残り30%が映画的に再構成されたものです。
Q.何故、今この時期に、この作品を撮ろうと思ったのですか
——韓国は非常に多くの傷を抱えています。近代史で最も深い傷は、日帝時代の政策によるもの。それが終わった途端、朝鮮戦争という同族同士の殺し合いが勃発しました。これらで、1800年代まで韓国の人々が持ちつづけていた意識がガラリと変わってしまうと同時にアイデンティティも失ってしまい、未だに混乱の中を生きていると思います。私は今回の作品を通して、韓国に内在する傷を描き出したいと思いました。また映画には日本という要素は全く入っていないようですが、韓国が抱えている米軍基地は、日帝時代に日本軍が使っていた基地を米軍が使用しているものあるわけで、日本も少なからぬ関係があるわけです。現在も数多く広大な基地が残る韓国は、巨大な何ものかに今も監視され続けているようです。そうした現実を描くことで、日・韓・米は改善されていかなくてはならないし、新たに理解しあっていかなければならないのです。そういったことも訴えたかったのです。
Q.タイトルに込められた意味と、最後の場面の手紙が意味するものはなんでしょうか?
——タイトル通りなかなか返事が来ない状況を表しておりまして、最後に返事は届くのだが受け取るべき人はもういないという意味が込められております。また、主人公の3人が舞台となる70年代に生まれながら、受け入れてもらえない存在だったこともこめております。最後に届く手紙に関しては、シナリオ段階で全ての設定や内容を決めておりました。温かい内容のものですが、それはあくまで自分の考えだと思いまして、最後の返事はすべて観た方に考えて欲しかったので、自分の考えた設定は本編には出しませんでした。
Q.監督の作品は非常に画面が美しく構図もしっかりしていると思いますが、同時に残酷な描写も多いですよね。監督にとっての美と残酷なものとの関係を教えてください。
——私達の生きる空間には美しい風景がありますが、美しさや平和と言ったものは時には壊されてしまいます。壊されてこそ歴史なのだと思います。そいうった、美しさや平和が壊された時代の中で生きていくことが歴史だと思いますし、それでこそ人間の人生なんだと思います。ですから、私はただ幸せな人生と言うのは意味が無いと考えております。私は映画を作るときに必ず主張したい4つの点があるのです。破壊的なもの、強烈なもの、低俗なもの、美しいものです。4つを並べた時に、誰でも破壊的なものと低俗なものは省いた方がいいと思われるかもしれませんが、私にとってはそれらが無い映画は無意味な時間で、あってこそ本当の人生だと思います。私は映画と言うのは見終わった後に、疑問が沢山残れば残るほどいい映画だと考えています。
Q.チャングクの最後の死に方には、どのような意味付けがあったのでしょうか
——チャングクが身体を半分土の中に埋もれさせ死ぬ設定にしたのは、私の友人の中でああいった形で死んだ者がいたからです。実在のモデルとなった友人は、首を吊って死にました。この映画の中での死に方には、彼が混血児という点で全ての身体を埋もれさせることができなかった。つまり、彼のアイデンティティの問題とも関連した形でイメージづけたものです。
Q.トニー・レインズがスペシャル・サンクスとしてクレジットされていますが、どのような役割をされたのでしょうか
——彼は英語字幕の作成に非常に力を尽くしてくれました。ベネチア映画祭などに出品する時には、英語のニュアンスが非常に大変なのですが、懇切丁寧に関わってくれまして、また1・2回目の編集時にも非常に多くのアドバイスをしてくれました。韓国だけではなく、国際的な視野を入れて製作した方がいいとアドバイスしてくれ、またカナダなど海外での紹介にも尽力してくれているのです。
□第2回東京フィルメックス
http://www.filmex.net/
(宮田晴夫)