タクシー運転手フォン・ダーは、離婚したばかり。その心の隙間を埋めるように、さまざまな女たちと出会い、付き合う。建築ラッシュの北京の街で、フォン・ダーはさまざまな人間を乗せて走る。
 コンペティション参加作品として上映された「アイラヴ北京—I Love Beijing」のニン・イン監督は、本作をいわゆるロードムービーだという。それは、激しく変わっていく都市の中をさまよう旅? 過去にも「北京好日」「スケッチ オブ Peking」と北京の街を撮り続けてきたニン監督は、今の北京をどのような思いで見つめているのだろうか。
 この日の上映には、熱心なファンが花束を手に早い時間から並んだという。シックな装いで現れたニン・イン監督は、「本作に出てくる北京の様子に、皆さんがショックをお受けにならなければいいけれど」と前置きして、ティーチインに臨んだ。

Q.今回、意図的に今までの作品と変えようとされた部分はありますか?
——かつての自分の作品と本作で表面的に違うところは、おそらくかつての作品のほうがカメラワークやアングルが客観的で、今回は主観的でストレートというところでしょう。クリエーターとしてのポイントは、かつての作品と繋がっているつもりです。それは、中国の社会を切り開くひとつの目、視点です。
Q.中国はWTOへの加入や2002年のオリンピックもあり、これからの10年はとても速いスピードで変わっていくと思いますが、これからの作品にこの速い速度で変わっていく都市をどのように盛り込んでいきたいと思っていますか?
——私が、もっとも社会的に興味があるのは、いままでの10年間の大きい変化です。この10年間は、毛沢東の時代から現代社会への変遷の10年間だと思います。正直言って、いまの社会がどう変わっていくかは私自身わかりません。
Q.中国の映画は、一応撮影許可が必要だと思いますが、その許可という点で、何の不自由もなく作ることができたのでしょうか? いわゆる社会主義の国でありながら、資本主義の堕落した部分が出てきていると思うのですが。(編注・中国で公に映画を撮影する場合、脚本段階から上映までの間で何度か検閲を受ける。検閲を受けなかったりパスしなかった場合、国内での上映などに制限がつく)
——私はいつも、中国の中で新しいことをする映画監督だと見なされてきました。私は、社会そのものが若くなってきているのではないかと思います。それに伴い、映画を作る立場にいて、不安感とか不安定感というものを感じることがあります。心はやるティーンエージャーたちは、えてして親にはよく思われません。映画の検閲制度は、今を生きるティーンエージャーとそれを面白く思っていない、心配している親との関係に似ているのではないかと思います。検閲・審査の過程で「ちょっとこのへんはカットしてください」と言われているうちにカット跡がひじょうにはっきりして、ジャンプしてしまった所があります。
Q.原題(夏日暖洋洋)は季節のことですね。前作の「スケッチ オブ Peking」はものすごく寒い張り詰めた北京の警察ドラマで冬の撮影だったわけですが、今回はけだるい夏の——どういうふうに日本語に訳したらいいのでしょうか。今回、どうしても夏にこだわってらした理由はありますか?
——私は、中国社会を捕らえるにあたっていちばん大きな記号になるのは「性」だと思います。ただし、今の中国の社会のなかで「性」というものをストレートに撮るのはあまり歓迎されない情況に感じますので、登場する女性たちの肉体を見せることによってエロティックなものを出そうとしました。ですから、夏です。
Q.映画から、監督が北京を愛しているということが伝わってきました。北京でいちばん好きな場所をお聞かせください。
——まず、ひとつに、この中国語のタイトルは、私が小さいころによく歌った歌で「私たちは天安門を愛す」というものからで、当時は、とにかく「自分の社会を愛しなさい、自分の祖国を愛しなさい」。それは絶対であって義務であると感じを伴いました。それまでは、中国人は正面切って愛ということを謳わなかったのですけれど、ここで愛ということと祖国ということがきちんと強調され、前面に押し出されました。いま、この時期は、個人が人間として、自分たちが住む北京を愛しているのだろうか、ということを問いかける時期に来たと思います。近代化がますます激しくなる中国の北京なら北京という大都会のなかで、だんだんと自分が知らなかった顔を見せる都会に対して、自分たちひとちひとりが「私はいったい北京を愛しているのだろうか?」ということを問い始めます。ですから、もう少し厳密に言いますと「私は北京を愛してる?」とクエスチョンマークを付けるのが正しいかなと、微妙な感情です。
Q.いわゆる第6世代の監督は、前の世代との違いとして個人というものを描いているといいます。この映画は基本的に社会を描くというスタンスを撮ってらっしゃるようですが、社会を描く上での個人がどういうものか、主人公にはどういう個性を感じているのか聞かせてください。
——要するに、私がこのフォン・ダーという主人公を選んで作品を撮ったのは、私自身が一介のタクシー運転手という上に立って、そのアングルでこの中国社会がどうなっているか見ようとしたからです。タクシーというのは交通手段のなかではとても速い。速い速度で広い範囲を見ることができるタクシー運転手という職業で、この社会を見てみたかった。それが今回の私のアングルです。厳密に言うと、今回、ひじょうに大事な主役に当たるのは女性たちです。フォン・ダーはそれぞれ性格の違う女性たちに会います。もっと的確に言うなら、北京という街自体が私の映画の主人公になっています。

(みくに杏子)