東京フィルメックス・サイドイベント グレゴール教授の公開課外授業“ベルリン映画祭への道”
4日目を迎えた第2回東京フィルメックス、21日午後2時より、有楽町西武A館8Fの“東京フィルメックス情報サテライト”では、今回の東京フィルメックスコンペティションの審査員を務めるウルリッヒ・グレゴールさんと奥様のエリカさんが来場して、公開講座が開催された。題してグレゴール教授の公開課外授業“ベルリン映画祭への道”。グレゴールさんは、1971年から2001年の30年間にわたってベルリン国際映画祭フォーラム部門のディレクターを務められ、またエリカさんも作品の選択等運営に関して緊密な関係を持って参加されている同士だ。東京フィルメックスも様々な点で学ばせてもらっている、ベルリン映画祭フォーラム部門について直接お話をうかがおうというイベントだ。
まずはベルリン映画祭の沿革とその内容についての話から、公開講座はスタートした。ベルリン映画祭はヨーロッパでも最大級の映画祭の一つで、1951年に第一回が開催された。開催当初は冷戦状況下を背景に、東側の市民に西側の作品を観てもらうショー・ケース的な色合いが強く、大スターが出てくる映画が中心の非常に保守的な内容の映画祭だったそうだ。当時若い批評家だったグレゴールさんは、そうした状況にかなり批判的で辛口の評を書いていたそうだ。60年代になり学生運動を端緒に、改革の機運が高まり映画祭もそうした抗議の対象になりはじめ、70年のベルリン映画祭は映画祭への抗議運動の高まりから会期途中で中止になる事態へと発展した。そうした勢力を受け、ベルリン市政府内でも映画祭に関し改革への動きが本格化しはじめ、その中で新しい部門を設立することが決定し、63年から草の根的な映画支援活動を行う“ドイツ・キネマテーク友の会”を主催してきたグレゴールさんらに運営の依頼がありフォーラム部門が71年から開催されることになったのだ。この際、映画祭の運営に関する全権を任せられ、予算を自由裁量でさせもらうことの二つの条件が約束された。
「私達が選ばれたのは、左翼的な人たちをコンペから隔離する遊び場的な位置を期待されたみたいなの。でも、私達は政治面・スタイル面であくまで独立したものを上映したいと燃えていたの」(エリカさん)。例えば、西側のショーケースとして政府からの助成金で開催されるベルリン映画祭では、東側の作品が上映されることはなかったのだが、個人的な感覚で選んだソ連の作品を直接ルートで紹介することが始まった。「71年フォーラム部門を設立したときの私達の目的は、一番優れた映画を妥協無く上映する。政治面やテーマ性といった側面も重要だが芸術的な価値を最優先に考え、ジャンル、作品の長短に拘らずに上映していこうと考えたんです」(グレゴールさん)。そして作品を大事にするという考え方から、詳細な映画祭カタログ(現在お二人の娘さんが編集されているとのこと、独・英語表記)の作成、映画監督との公開ディスカッションの場を持つこと、そしてプリントをなるべく購入してフィルムは映画祭後も保管し、その作品を一度だけの上映で終わらせず人々の記憶に残るよう何度でも上映できる体制づくりを原則として運営してきたそうだ。
フォーラム部門は71年の設立当時、3館程度の劇場で開催される小規模なものだったそうだが、ベルリン映画祭本体と共に年々拡大の一途を辿り、大きくなりすぎたきらいもあるという。現在フォーラム部門では12日間の会期中で80作品が上映され10万人前後の観客が観に来ている。映画祭全体では、300本、30万人という数字になる。全ての作品を観ることは不可能だ。ベルリン映画祭は特に多すぎるけれど、どうしようもないというのが実感だそうだ。その点、全ての作品が観れるのは東京フィルメックスの利点だと。
フォーラム部門での日本映画は、ドイツ映画とともに大きな比重を占めているという。これは、個人的な拘りと共に日本映画は世界の映画の中で新しい映画言語を生み出してきたからだと語るグレゴール氏、特に印象に残った監督として、大島渚監督、寺山修二監督、小川伸介監督らとの思い出話も披露された。作品の選択には、個人・諸所の映画団体からの支援で作品を観て決定する。「どこの映画祭でもやっていることです」と謙虚に話すグレゴール氏だが、この日の進行役を務めた東京フィルメックス・ディレクターの林加奈子さんより、「お二人の作品選定は50本を観て4本選べるかどうか。兎に角寸時の時間を惜しんで情報を収拾して1本でも多く観る。その桁外れのパッションによるもの」とその姿勢が紹介された。なお、フォーラム部門には公式なコンペは無い。しかし、こうして厳選された作品に感銘したものたちから独自のスポンサーがついて賞が与えられる(ネット・パック賞など)のも、この拘りのセレクションと、そこで素晴らしい作品を観れることを期待し集まるファンの熱意との賜物だろう。
映画祭の世代交代に関してのカウンター・カルチャーの話などの質疑応答を挟み、興味深い話題に尽きない90分の公開講座。フォーラム部門のよいところを取り入れて、さらなる発展を目指そうという東京フィルメックスへの、お二人からのメッセージを紹介してレポートを終わろう。「素晴らしいイベントだと思います。会場にはお客さんが沢山来ていますし、これまで観た作品は面白いものばかり。これからも、毎年通いつづけたいですね」(エリカさん)「まるで我が家にいるようです」(グレゴールさん)
□第2回東京フィルメックス
http://www.filmex.net/
(宮田晴夫)