カンダハール、ここしばらく耳にしない日がないくらいにマスコミを賑わすアフガニスタンの都市。カナダに移住したアフガニスタン人女性が、本国に残した妹から受け取った手紙により、妹のいるカンダハールを目指す、苦難に満ちしかし時には幻想的なたびを描いたロード・ムービーが、19日に特別招待作品として上映されたモフセン・マフマルバフ監督の『カンダハール』だ。
 当初、マフマルバフ監督を招聘してのティーチ・インが予定されていたのだが、10月27日からアフガン難民キャンプを題材にしたドキュメンタリーの製作に入ったために、急遽来日できなくなったのだが、日本国連HCR協会代表理事・日本ユネスコ協会連盟理事の赤野間征盛氏によってマフマルバフ監督のメッセージが紹介された。赤野間氏は、『カンダハール』だが、アフガン難民への人種的理解に大きく貢献していることから、国連HCR協会・国連難民高等弁務官事務所日本委員会の推薦作品になったことと、現在アフガン難民の識字教育・衛生教育に取り組まれているマフマルバム監督の近況を紹介。続いて以下の監督からのメッセージを読み上げた。これは、10月20日にパリのユネスコ本部で開催された第162回ユネスコ総会での、『カンダハール』特別上映及びユネスコ・フェデリキ・フェリーニ・メダルの受賞式が行われた際にマフマルバフ監督から発せられたものだ。

 「アフガニスタンは何年もの間、空からは頭上に爆弾が降り注ぎ、地にあっては人々の足元に地雷が埋められている国です。アフガニスタンは、人々が毎日のように自分達の政府によって、鞭打たれている国です。アフガニスタンは逃げ場の無い難民達が、その隣人達によって追い返されている国です。アフガニスタンは旱魃によって人々が、飢えと渇きに苦しみながら死に向わせられている国です。世界のどこよりもこの国では、神の名が語られると言うのに、神にさへ見放されているかのようです。アメリカでの9月11日の事件が起こるまで、アフガニスタンは忘れられた国でした。今でさえも、アフガニスタンに向けられる関心は、そのほとんどが人道的なものではないのです。
 もし過去25年間に権力あるものが、人々の頭上に降らせていたのがミサイルではなく書物であったなら、鞭やテロリズムがこの地にはびこることはなかったでしょう。もしも人々の足元に埋められているのが地雷ではなくて小麦の種であったなら、数百万のアフガン人は死と難民への道を辿らずにすんだでしょう。このような状況の中で、アフガニスタンについての映画にフェデリコ・フェリーニ・メダルが与えられたことは、一つの希望の印です。しかし、この賞に与えられるものがパンであったなら、飢えたアフガニスタンの人々に分け与えることができたでしょう。もしこの賞が雨であったなら、アフガニスタンの乾いた地に降らせることができたでしょう。もし自由の風であったなら、アフガン女性のブルカに向けて吹かせることができたでしょう。この賞は、パンではなく、雨ではなく、自由の風でもなく、一つの希望の印に過ぎませんが、私はこの希望の印をアフガニスタンの苦しむ人々に捧げられた希望と共に、私のもとに預かっていこうと思います。そして世界の文化大使の方々の前で、私はアフガニスタンの人々に約束します。アフガニスタンが自由になったらカンダハールの町に、フェリーニの名を採った学校を建てることを。皆さんからいただいたこのメダルは、その学校の全ての生徒に捧げます。2001年10月3日、モッセン・マフマルバフ」。

なお『カンダハール』は、2002年1月に新宿シネマ・カリテにてロードショー公開が決定、その後全国順次公開される。

□第2回東京フィルメックス
http://www.filmex.net/
(宮田晴夫)