心の境界線を見つめた映画『さよならも出来ない』第七藝術劇場にて舞台挨拶(2)野里佳忍さん・土手理恵子さん・松野泉監督インタビュー
3年前に別れたまま同じ部屋に暮らす元恋人たち。フローリングの床には黄色と緑のテープ。二人の生活空間を分ける境界線が巡らされ、交わす言葉も一定の距離を保ったままの二人。周囲の人々のざわめきが二人の関係にも及んでいく。
観終わった後に、自分の中の黄色と緑のテープを探してしまう映画『さよならも出来ない』。
9/1に大阪市淀川区の第七藝術劇場で行われた『さよならも出来ない』の舞台挨拶のレポートに続いて、
主演の野里佳忍さんと土手理恵子さん、松野泉監督のインタビューを紹介したい。
野里佳忍さん/表面のやりとりの一つ奥に
――別れた恋人と住んでいる香里はどんな人だと感じましたか?
野里:あんまり考えずにすっと入っていったという感覚がありました。改めて劇場で観たときに、よくわからない嫌な人だなって。当時は全然そう思わずにすっと出来ていたので、ずるい人やみたいなことを言われても、あまりピンとこなかったんですけど。今思うと、その当時は分からなさ過ぎて、香里に入れたのかもしれません。
――どのシーンで特にそう感じましたか?
野里:犬を飼いませんかっていうやりとりをしている時に冷たく突き放す感じだったり。せめて顔を向けるとかしてあげたらいいのになと、どちらかっていうと環側の目線で見ていましたね。
――それは面白いですね。撮影に入る前にワークショップは具体的にどのようなことをされたんでしょうか?
野里:手紙を書いてそれを読むとか、思い出深い所の地図を書いて、お互いにその地図を交換して気になったところについて質問していくということをやりました。
例えば単純に「カレーが好きです」と書いたとします。「何のカレーが好きですか」って機械的なことを聞くんじゃなくて、1歩踏み込んで聞くことで、それが相手を深く知れるような質問になるかもしれない。それをきっかけに相手と表面上で会話をやり取りするんじゃなくて、ひとつ下の層でやり取りすることを心掛けてやってましたね。それを繰り返すうちに微妙な間でやりとりできるようになっていけたのか、それは自分でわからないですけど面白かったです。
映画にもその間が映っていたんじゃないかなと思います。
土手理恵子さん/言葉にするものだけが全てではない
――環を演じるに当たって、ワークショップで学んだことが役だったと感じられたところはありましたか?
土手:松野さんが言われていましたが、人の話を聞いてリアクションするっていうことですね。自分が話すことよりも相手のことをきちんと見て、相手の話を聞いてっていうことです。お芝居をする中のことだけでなく、私生活でも人として人間レベルが上がったというか(笑)。大切なことを気づかせてもらった時間ではあったかなと思います。
――ワークショップまでは全く演技経験がなかったんでしょうか。
土手:なかったんです。元々ずっとお芝居をやってみたいと思っていたんですけど、綺麗な人がするものだという先入観みたいなものがあって。どんどん年齢を重ねて、やらないと後悔するなと思い始めて。いいタイミングで見つけたかなというのがありますね。
――環というキャラクターは、どういう女性だと思って演じられましたか?
土手:結構自分に近い方だなぁという印象で、最初脚本を読んで考え方や行動に違和感を感じた事はなかったですね。具体的にどこがというのは難しいんですけども、多分環は香里のことがずっと大事という強い気持ちがあって、距離を取ってつかず離れずみたいな。言葉にしないけど、言葉にするものだけが全てじゃない。自分にも他の人にもあるんじゃないかなって。そこは共感できたところではありますね。
――改めて舞台挨拶をされてどうでしたか?
土手:ちょっと感動してしまって。監督、キャスト、スタッフの皆さんと一緒にやって来られて幸せだなっていうのが、今日一番思った事ですね。それを見ていただけたことが幸せでした
――次は東京上映ですね。
土手:緊張ですね。どういう形になるかわかりませんが、もっとたくさんの方に見ていただけたらと思います。役者を目指している方も来て下さると聞いていて、どういうふうに観てくださるのか自分もすごく楽しみです。
松野泉監督/“人と人”としての関係を築く作品づくり
――2人の部屋に本を置いてありましたが、『崩れ』(著・幸田文)と『城の崎にて』(著・志賀直哉)を選んだのはどういう理由だったんでしょうか。
松野:ひとつは物語の中で、出演者それぞれの物語を本だとかいろいろなアイテムを使うことで、役者さん自身が演じやすいようにしようとしたんです。『崩れ』はこの関係性の崩れみたいなものに対しての環の思いがありました。『城の崎にて』は、物語の最後に出てくるモノローグが、周りが全然風も吹いていないのにくるくる回っている葉っぱがあって、周りがざわめき出すとそれがすっと止まるという一節があって。最後に志賀直哉は、そのような光景を自分が前にも見たことがあるような気がするってその文章を締めるんですけども、それが自分の中でひっかかった言葉で、象徴的な一節でもあるなと思ったんですね。それと香里の最終的な心情を表すものとして自分の中でマッチするような感じがして。あとは城崎に行った時の2人の記憶の違いですね。それも含めてこの小説を選びました。
――冒頭、2人が部屋で話してる姿があって、手前に香里がいて奥に環が奥にいる。あの構図がすごく象徴的で、正面から見ると近いけども実際は距離がある。作品を象徴するような構図だと思いました。
松野:境界線を作ってお互いのエリアに入れないという関係になった時に、机と椅子がどういう配置になるのか、美術の人と色々考えて、向かい会うのも変だしということであのような形になりました。実はシナリオ上、あの構造を使うシーンがあまりなかったんですけど、関係性をわかりやすく表せると思ったので入れてみました。
――別れながら一緒に住む2人というのはどうやって発想されたんでしょうか?
松野:このシナリオはワークショップに参加された人たちのいろいろな体験談から発想して、元彼と今の彼氏と3人で同棲していたという変わった話を聞いたので、それがきっかけです。アイデアとして、関係性が終わったけども同じ空間に住むということが面白いなと。しかもこれは結構現代的なモチーフかなと思いました。
――SNSの距離感も連想しますね。
松野:距離があるのか極端に近いのかよくわからないこの今の時代っていうのは、線を引いてみることで見えてくるものもあるかなというのがありました。
――ワークショップを経て作品を撮られて、参加された方の成長ぶりについては、思った以上のものなどありましたでしょうか?
松野:出演者自身の成長は、多分本人にしか分からないところもありますし、僕は監督として関わってるんですけども、そういうことを取っ払って出演者と一緒に作品に向かい合えたということが大きいですね。ワークショップでは“得るものは何か?”といった思いで参加された方が多かったんですけど、作品に向かう中で、皆が“人”に興味を持ち出して作品が豊かになっていったのは良かったなと思います。
――手紙を書いたり、お互いが話をしたりするといったやり方をワークショップに取り入れたのは何故でしょうか?
松野:ワークショップに参加される方は基本的に我が強いというか。自分の表現として何ができるかみたいなことを考えていらっしゃる方が多いので、俳優になりたいということ自体がそういうことでもあるんですけども、一回それをとっぱらって、“監督と俳優”ではなく“人と人”として関係を築いて作品を作ることができたら、自分にとってもそれはすごく幸せな時間だなと思って。僕が今まで録音スタッフで参加した作品の中で、近年で言うと『ハッピーアワー』(監督:濱口竜介)ですが、そういった関係の作り方がうまくいってる現場ってすごくいいなと思って、そこから学ばせて頂いて自分の作品に生かそうと思いました。
――作品を拝見して、そういったものが生きているように感じましたし、大変面白かったです。映像もすごく魅力的で新鮮な景色が色々ありました。
松野:京都の山科を中心に撮影して、京都の人でも一部の人だけが懐かしいという景色かなと思います。
――これだけ新鮮な作品ができた事に、映画を作ることに対して、まだまだいろいろな可能性があるなということを非常に感じました。ありがとうございました!
【映画『さよならも出来ない』公開情報】
●9月9日~9月15日 東京・K’s cinema
※同時開催・東京公開記念特集『音も、映画も、さよなら出来ない。~松野泉の仕事~』
●10月7日~10月13日 神戸・元町映画館
(レポート:デューイ松田)