この度、11月24日(土)より塚本晋也最新作『斬、』がユーロスペースほか全国公開となります。第75回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門にアジアで唯一選出され、その後トロント国際映画祭、釜山国際映画祭など名だたる映画祭に出品し、第51回シッチェス・カタロニア国際映画祭では最優秀音楽賞も受賞しました。世界を席巻した本作をひっさげて、監督、出演、脚本、撮影、編集、製作をつとめた塚本晋也監督が、外国特派員協会にて行われた記者会見に登壇しました。

【『斬、』 外国特派員協会試写会&記者会見】
【日 時】 11月7日(水) 試写会19:00〜/記者会見20:30〜
【登 壇】 塚本晋也
【会 場】 公益社団法人 日本外国特派員協会 (FCCJ)

A:様々な解釈の余地がある作品だと思いました。色々なシーンで暴力と性を関連付けていると思いましたが、いかがでしょうか?

塚:暴力と性的なことを理屈で結び付けて考えてはいなかったのですが、準備段階で用意していた脚本は、それ以前に用意していた脚本に比べると何かが足りないと思ったんです。「刀を過剰に見つめる一人の若い浪人」という大元の考えは変わらず、それはそれで面白いと思えるものだったのですが。 何が違うかと言いますと、それ以前に書いた荒削りでシンプルな脚本には悶々としたエロティシズムがあったんですね。人を斬ることと性的なことを結びつけるのは少し不謹慎かとも思いましたが、くっつけて書かないと嘘になるとも思いました。人を斬れないジレンマにエロティシズムは近いという感触があり必要だと思いました。そこで前の脚本に戻りまして、それが今回の映画になっています。

A:殺陣のシーンなど立派な時代劇と感じたのですが、何箇所か描かれていない戦いのシーンがあったと思います。それは意図的ですか?

塚:蒼井優さん演じる農家の娘や農村の人たちは、民衆のシンボルとして描きました。話がまばらになりますが、太平洋戦争のときに実際には勝っていたわけではないのに「いま日本が勝っている」と、ニュースが流れると「万歳!」とみんな喜びました。民衆の人たちは戦場でどんなにひどいことが起きているか想像ができていなかったからです。実際は、未来のある若い人たちが肉体と精神を無残な形で壊しているのに。もし日本が勝っていたとしても、今度は相手国の若い兵士の顔がぐちゃぐちゃになっているわけですが、平気で喜べてしまう。本当に恐ろしいことは、目の前で実際に起こるまでイメージがつかめないということを表したかった。なので、最初の方はわざと戦いのシーンを少ししか入れていません。少しとはいえ、ひりつくリアリティを感じ始めてもらうようにしていますが。劇中で、村人たちは、イメージが掴めていないから強面の外来者に対して「やっつけてくれ」と言える。戦争の痛みを知らない人たちが増えて、暴力のイメージがつかめないゆえに隣人を必要以上に憎しむ気持ちを募らせて戦争へと突き進んでいく、今の世の中の危機感を表さなくてはと思って描きました。だんだんと痛みがわかるシーンを入れ、皆が暴力とはこれなのかと、気づいてゆきます。

A:初めて時代劇でしたが、塚本監督らしい作品になっていたと思います。何をもって「塚本映画」とすると思いますか?

塚:自分では難しいです。時代劇に関していうと好きな作品がいっぱいあり尊敬の気持ちがあります。本作は様式的な美学の時代劇ではなく、今の池松さんみたいな若い人たちがそのまま江戸時代に行ってしまったような生々しい時代劇にしたかった。中学生の時に観た市川崑監督の『股旅』という作品で時代劇の洗礼を受けたものですから。時代劇なのに70年代の若者がそのまま昔の世界にいるような作品で、自分もいつか時代劇を作るなら、そういう感じのものにしたいと思っていました。ですから、予定調和なものにしてはいけないと思っていましたが、ただ、奇をてらってもいけないと思いました。時代劇なのに殺陣のシーンがないとか、ゴジラ映画なのにゴジラが出ないとか(笑)ルーティンは必要だしお客さんも観たいと思います。でも、殺陣シーンという典型の見せ場に向かう過程に典型じゃない物語、自分のテーマを置きました。予定調和でないので、見慣れないため居心地が悪い状態になる。それが自分にとって大事なことでした。この居心地の悪さは何なんだろうと、観終わった後にお客さんには考えてもらいたいです。


イランの名匠アミール・ナデリ監督からの質問。
A:私は今日で観るのは2回目です。俳優としても監督としても素晴らしい作品です。いつも女性のキャラクターや女優の扱いが新鮮で、他のどの日本人監督とも違うと思っていますが、いかがですか?またサウンドが特徴的ですね。音響についても教えてください。

塚:女性の登場人物への演出の方法は作品によって違います。基本的にあるのは女性の素晴らしさにひれ伏している気持ちです。女優さんへの敬意や尊敬はいつもあります。俳優の経験がない人に出ていただくときは、その存在感に敬意を表したうえで映画的に指導することもありますが、蒼井さんのようにすでに素晴らしい活躍をされている方には、ストーリーをお渡しして委ねました。蒼井さんは、普段は一本筋が通るようになるまで読み込んで芝居をされるそうですが、今回はプロットを読んでも筋が通らなかったらしいです(笑)それなら様々な表情を出そうと決めたということで、そのプランもまた素晴らしかった。15歳ぐらいの少女から28歳ぐらいの女性まで、色々な表情を出してくれていてあらためて素晴らしい女優さんだと思いました。

効果音については、自分にとっては映像と音は同じくらい大事で、観客が客観的に物語だけを観るのではなく、映像体験をしてもらいたいと思っているので、音はとても大切に考えています。『斬、』は、自然の音と刀の存在感を大事にしてもらいました。刀を簡単に振り回せるようなものでなく、重いものであると感じでもらえるような音作りしていただきました。音楽は『鉄男』から30年間ご一緒した石川忠さんに撮影の前に依頼していたのですが、編集中に亡くなってしまいました。他の方に頼むことは考えられなかったので、鎮魂の気持ちを込めて、石川さんがこれまで僕の作品のために作った全部の曲を聴いて、編集に乗せていきました。さらに石川さんの奥さんに依頼して、未使用の全音源も聞かせて頂きました。まるで石川さんと会話しているように、今までの作品を振り返ったりしながら、全ての音を聞いてコラボレーションしていった感じです。

A:ここ10年ぐらいの日本映画の中で、最良の一本と言える作品です。時代劇というジャンルに引き続き挑戦していきますか?

塚:『斬、』は20年前に「一本の刀を過剰に見つめる浪人」の話というのを思いついて、その時にはパート2のことも言っていました。パート2では池松さんが演じる杢之進がどんな人物になっているのか。最後には池松さんが座頭市と戦うということまで考えていました(笑)。幕末を舞台にした映画はヒットしないというジンクスもあるそうですが、興味があるのでやってみたいという気持ちは少しあります。坂本龍馬を布袋寅泰さんが演じて、背の高い布袋さんが寸足らずの着物をまとい、皮靴をはいて銃を持って、というイメージです。新選組は本当はやんちゃな子供の集団だったらしいので、暴走族のようにして、幕末を駆け巡る。言っているだけでウキウキしてきます。制作しないと思いますが、言霊ということもあると思いますので一応言っておきます。

監督、脚本、撮影、編集、製作:塚本晋也 出演:池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也
2018年/日本/80分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー 製作:海獣シアター/配給:新日本映画社 
(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER 【公式サイト】zan-movie.com