第74回ゴールデン・グローブ賞では作品賞(ドラマ部門)受賞、第89回アカデミー賞では8部門にノミネートされ、見事、作品賞・脚色賞・助演男優賞の3部門受賞し、オスカーの栄光を手にした『ムーンライト』が一見そうは見えないが、実はものすごくピュアなラブストーリーだった!とジワジワ口コミで広がり続け、現在大ヒット公開中です。本作は、自分の居場所を探し求める主人公の姿を、色彩豊かで圧倒的な映像美と情緒的な音楽と共に3つの時代で綴った物語。
この度、『ムーンライト』を、「屈指の歴史的な名作で文句なし」と絶賛の音楽・文筆家の菊地成孔さんと、「誰も想像できなかった、でも世界中が待っていた現代社会を照らす作品」と評価する映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんをゲストにお招きし、トークイベントを実施いたしました。

■日時:5月11日(木)
■場所:シネマート新宿・スクリーン1 (新宿区新宿3-13-3 新宿文化ビル6F・7F)

上映後、会場が余韻に浸る中、音楽家・文筆家の菊地成孔さん、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんが登場。
本作の魅力について、「皆さん同じことを感じていると思いますが、一般的に今までのアフロアメリカンを扱った黒人映画はトーンが決まっていて、人種差別に苦しむアフロアメリカンたちの差別問題に対する怒りを饒舌にアッパーに描く作品が多く、その色彩感は激しいものが多かった。本作にはそれ以上のものがあり、今までの黒人映画では見たことのない色彩感覚だった」と語り、「『ムーンライト』というタイトルに象徴されるように、月光が光学的に効いており、とても静かに進んでいく物語。本作は3部構成になっているが、1部と2部が回想で色彩が非現実的に描かれているのに対し、3部は主人公・シャロンの現状を描いているため、3部だけが黒人映画の従来のマナーで作られ現実を表現している。だから1部2部ではなかったヒップホップが3部では流れている」と本作を分析しました。

また本作の細部までこだわった演出に脱帽したという二人。「1部で主人公の父親代わりになるフアン(マハーシャラ・アリ)が乗っている車のナンバーが“ブルー”であり、3部では主人公・シャロン(トレヴァンテ・ローズ)はフアンの愛車と年代は違うものの同じ車種に乗っており、その車のナンバーは“ブラック”。フアンを生き写したかのような生き方をする大人になったシャロンは、自分の愛する人だけが呼んだ呼び名をナンバーにつけている。」というこだわりの演出を説明。他にも「1部でフアンがシャロンに海で泳ぎ方を教えるシーンはキリスト教の洗礼の要素が入っている」と言及し、「幼少期のシャロンがフアンによって洗礼を受けることによって、フアンの意思を継ぎ、成長してフアンと同じ職業、同じマッチョなルックスになっていく。また、幼少期のシャロン役のアレックス・ヒバートは当時本当に泳げなかったが、あの場で泳ぎを覚えたというリアリティを持ち合わせている」と裏話も披露しました。さらに、ブラジルのシンガーソングライターのカエターノ・ヴェローゾの曲が使われていることに対し、「そもそも『ムーンライト』の「月明かりで黒人の肌は青く見える」というのはキューバの話として出てくる台詞である。北米におけるR&Bやヒップホップだけでなく、中南米への目配せもあるという、この凝り方!細かいところも張り巡らせていて、本当によく作られている!」と大絶賛。細部にまで是非注目してほしいと述べました。
『ムーンライト』が作品賞を受賞した今年のアカデミー賞で、作品賞にノミネートされた黒人女性を描いた映画『Hidden Figures』(『ムーンライト』でフアンの恋人役で聖母のような存在として活躍したジャネール・モネイも出演)が日本で劇場公開されるという話題になり、このような黒人を描いた映画が日本で公開されるようになったのも、『ムーンライト』が、インテリで芸術に精通している黒人映画の高い美意識と、脚本や演出に対する綿密さを兼ねそろえ、映画としてものすごく意識が高いところにあり、黒人映画を切り開いていくことができた作品であるからと、本作の存在がいかに黒人映画史に影響を与えたのかを讃えました。