■映画館でしか味わえない5時間17分の共同体験!

2/6(土)、濱口竜介監督の『パッピーアワー』が京都の立誠シネマプロジェクトに登場。濱口監督と主演の川村りらさん(純役)、田中幸恵さん(あかり役)、申芳夫さん(桜子の夫・良彦役)が舞台挨拶を行った。

『ハッピーアワー』は、あかり、桜子、純、扶美の30代後半の女性たちが主人公。何でも言い合える親友として付き合ってきた4人だったが、純のある告白によってそれぞれが人生の岐路と直面することになる。

濱口監督は若手で今最も注目を集める映画監督のひとり。関西では2013年に特集上映「濱口竜介プロスペクティヴ in Kansai」が5館にて開催され注目を集めた。同年神戸に拠点を移し、「即興演技ワークショップ in Kobe」を主催。参加した17名の受講生を中心に『ハッピーアワー』が生まれた。

海外では第68回ロカルノ国際映画祭において最優秀女優賞と脚本スペシャル・メンションを授与され、演技経験のない4人の主演が評価されたことで話題を呼んだ。
『ハッピーアワー』は昨年12月に撮影の地・神戸の元町映画館を皮切りに、大阪・第七藝術劇場から京都・立誠シネマプロジェクトにバトンが渡された。

立誠シネマでは【『ハッピーアワー』までの2weeks vol.1・2】として1/23(土)から濱口監督作品である『PASSION』『親密さ』を上映。期待が高まる中、『ハッピーアワー』立誠シネマの初日を迎えた。
通路に補助席が出る大盛況の中、上映後に登壇した濱口監督は、
「みなさん本当に来ていただいてありがとうございます。大変だったんじゃないかと想像するんですけど(笑)」
と3部作・計5時間17分を完走した観客をねぎらった。

 あかり役の田中幸恵さんは、初めて訪れた立誠シネマプロジェクトの座椅子スタイルに驚いた様子で
「ちょっと異空間ですね。お家で座って観ているような感じで(笑)」
と笑顔を見せた。
「皆さんの日常から離れた世界で、……近くもあるんですけど、何かしら共感して頂いて、何かしら揺さぶられるところや、新しい感情に気付いて頂ければいいなと思っています」

3年前、立誠シネマで『親密さ』を観て開始20分で涙が止まらなくなったという純役の川村りらさん。その感動がきっかけでワークショップに申し込んだという。
「いろんなご縁があるんだなと思います。皆さんもこの映画体験で何かを感じて頂けたんなら嬉しいです。
感じたことを後でお聞かせ頂けたら幸いです」

仕事の合間に立誠シネマによく足を運ぶという桜子の夫・良彦役の芳夫さん。思い出となる映画との出会いがたくさんあるという。そしてその場にいた観客には妙にシンパシーを感じるようだ。
「友達になれそうだなと思ったり。……別に声はかけないですけど(笑)、同じ時間を共有して映画館で体験することで身近に感じられます」
そんな立誠シネマで作品が上映されることの喜びを語った申さん。
「この作品も皆さんにとって良い体験になって頂ければと思います」

■脚本を超えたワークショップ生たちの演技に驚嘆!

田中支配人から出来上がった作品を観ての感想を聞かれた濱口監督は、映画を撮り始めて約10年のキャリアがある中で、
撮影現場でワークショップ生の演技を観て驚いたという。
「こんなにも嫌じゃない演技を観続けるのは初めてだと思うんですよ。ずっと観ていられる。
自分が脚本を書いたことを越えて、こういう意味だったのかと。それを教えてもらうような体験は初めてです。その驚きをカメラがそのまま写し取って皆さんに伝わっていればとても嬉しいです」

『ハッピーアワー』制作中は、1週間の撮影分のラッシュを週末に観ることで成果や流れをみんなで共有してきた。
そのため完成品=初見という理想は叶わなかったという田中さん。何度か完成品を観た中で、後半の桜子の出るシーンで突然確信を得たという。
「初めて、あ!もしかしたらこの映画いいかもしれないって(笑)」

濱口監督の作品が好きでワークショップに参加した川村さんは、
「私なんかが作品に出て大丈夫なのかなという気持ちがずっとあった」と心情を吐露する。
「第3部は特にやっぱり濱口さんは凄いなというのが正直なところで。客観視は出来てないけど、凄い映画なんじゃないかと5回ぐらい観てしみじみ思えています」

対照的にワークショップ参加時には濱口監督の作品を観たことがなかったという豪胆な申さん。『ハッピーアワー』がその初体験となった。
「最初自分が写ってるのを観たときは恥ずかしさや、これで大丈夫なのかという気持ちもあったんですが、濱口さんがよく仰っているように自分を否定しないで抱えていくつもりです。
今はいい映画なのかどうか客観視できないんですけど、自分じゃない感じで新鮮に観れてるような。毎回感じることが違うなと思います」
舞台挨拶後、濱口監督と3人の出演者たちはロビーでたくさんの観客との交流を楽しんだ。

■ワークショップで重要視されものとは

この日実際に『ハッピーアワー』を観て驚いたのが、映画を観ているという感覚ではなく、自分が主演4人の傍で顛末を見守っている感覚になったことだった。それは4人の膨大な言葉のやり取りが、台本に書かれた台詞という事実を全く意識させないほど、あかり、桜子、純、扶美、それぞれのキャラクター自身の言葉として発されていることが大きな原因だ。
即興演技ワークショップでは何が行われ、こんな奇跡がスクリーンに結実したのか?

上映後たくさんの観客との交流を終えた濱口監督に伺ってみた。
「実践したのは2人組でお互いをインタビューし合ってもらったり、色々な方にインタビューしに行ってもらって、撮影したその様子を観たりといった事ですね。相手の言葉に反応するということを5ヶ月間体験してもらいました」

2013年に濱口監督が酒井耕監督と共同で制作した東日本大震災の被災者による対話形式のインタビューをまとめたドキュメンタリー東北3部作が思い出される。カメラを意識させない普段の家族や親しい友人との対話の様子は、信頼関係からなる独特のリズムがあった。

あかり役の田中さんにワークショップから撮影の様子を伺ってみると、
「演技の訓練をするのではなくて、インタビューごっこをして楽しみながら相手の言葉にどう反応するか徹底的にやっていった感じですね。撮影に入ってからは、最初は感情を入れずに台詞を読むように言われました」

膨大な台詞はどうやって覚えていったのか?
「濱口監督は“出来たら覚えて来てください”といった感じの言い方なんですけど、それでも台詞はがんばって覚えましたね。相手の台詞に反応するようになると自然に感情が入るようで、そういった感覚も含めて徐々に身体が自然に動くよう、自然に言葉が出てくるよう練習を重ねました」

一見、演技とは最も遠いようで、相手の言葉にいかに反応するかという演技の核心をついたワークショップの成果。『ハッピーアワー』未見の方はぜひ5時間17分の体験に身を委ねて頂きたい。

立誠シネマプロジェクトは2/19(金)まで上映。
2/20(土)は京都・みなみ会館にて<濱口竜介のハッピーアワーナイト>として濱口竜介監督、川村りらさん、申芳夫さんのトーク付きで『何食わぬ顔(Shortversion) 』と『ハッピーアワー』のオールナイト上映を予定している。

(Report:デューイ松田)