★示唆に富んだ映画!サイレント映画『キッド』の挿入。
中井:生き別れた娘たちを探すというシンプルなストーリーなのですが、示唆に富んでいるシーンが多いと思います。劇中に流れる『キッド』はどうご覧になりましたか?
松崎:主人公が喉を切られて喋れないという部分で、声を発さない=サイレント映画というのと、もちろん『キッド』が親子愛を描いているので、それによって主人公が娘を探し出す原動力になるというのもあります。ただ、それだけではなく、映画は元々サイレントで台詞を伴わないものであるから、「この映画の中でも台詞なしで成立するのでは」ということに監督が挑戦しているのではないかと思いました。考えてみれば、この作品は国を越えていくので台詞がない方が便利ですよね。相手がそもそも喋れないと分かっているので、言葉がわからないというディスコミュニケーションが生じませんから。その暗示としてサイレント映画を出しているんじゃないでしょうか。
中井:『キッド』は親子の話として本作にリンクしている一方で、僕が思ったのは、チャップリンは元々ナチス・ドイツに対してのアンチがあって、アルメニアでの虐殺をヒトラーがジェノサイドの参考にしたとも言われているので、そこらへんも重ねているのではないかと思いながら観ていました。物語上さらっと見れてしまうけれど、『キッド』が流れるというだけでも三段階ぐらい意味があるような気がして、とても示唆に富んだ映画だなと思います。

★国際的に評価の高いファティ・アキンだからこそ作れた力作!自分にしか描けないことを描くことで生まれる普遍性。
松崎:『消えた声が、その名を呼ぶ』が、スコセッシをはじめアトム・エゴヤンなど世界中の巨匠たちの協力を得てできているというのは、ファティ・アキン監督の映画づくりと深く関係していると思います。今ヨーロッパでは、資金集めが難しくの面で、一国で映画をつくるのは難しいので合作が多い。日本は小さな国だけれども、一国でまかなえてしまうだけのマーケット規模がある。そうでない国は、各国と協力して海外に売ることを考えないと収支が合わない。ファティ・アキン監督は、『愛より強く』でベルリン、『そして私たちは愛に帰る』でカンヌ、『ソウル・キッチン』でヴェネチアでと国際映画祭で数々の賞を受賞していて、国際的な評価を得ていると同時に、彼の作家性が国際的によく知られていることで、各国からの協力を得られたのだと思う。世界の映画人に、この人だったら協力したいと思わせる監督ですよね。
中井:「スーパーローカル」という言葉を僕はよく使うのですが、本作で描いているアルメニア人虐殺は、僕たちには描けないですよね。当事者の彼らにしか描けないことだと思うのです。トルコではタブーになっていて、トルコとアルメニア間では解決していないことですが、トルコにルーツにあるアキン監督だからこそ描けたことだと思います。スーパーローカルに描いていくと、それが普遍性に繋がる。たとえば、韓国であれば、南北の問題に真正面から向き合って描くことで普遍性のある映画が生まれたりしている。自分にしか描けないことを逃げずに描くことで力強い映画が生まれるという意味でも、本作は世界に向いていて、世界に打って出る作品だと改めて思います。
松崎: 冒頭で、キリスト教徒である主人公が懺悔をしているシーンがあって、その後の旅の中で彼はある罪を犯していく。それゆえのラストでもあると考えると、より感動のレベルが高くなるし、唸ってしまいました。
中井:ただの良い話ではなく、善悪の境目の曖昧さを描いているのが素晴らしいですね。映画ファンとしてみておくべき映画です。
松崎:そして、ファティ・アキン監督の過去作をたどってどうやって彼がこの作品に行きついたのかを見ると理解が深まりますし、別の視点で描かれた『アララトの聖母』なども見ることで、自分の中の視点が増えてよいと思います。いずれにしても、『消えた声が、その名を呼ぶ』は、ストーリーだけでなく、もっと多くのものが含まれているのだというところをアピールしたいです。

【12月2日(水)ブロードメディアスタジオ試写室にて】