この度、トルコが誇る巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作『雪の轍(わだち)』が6月27日(土)より、角川シネマ有楽町および新宿武蔵野館にて公開となり、大ヒットスタートを切りました。
本作は、カッパドキアの洞窟ホテルを舞台に、今は裕福なホテルのオーナーとして暮らす元舞台俳優のアイドゥンと、若く美しい妻、そして妹との愛憎、さらに主人公が思わぬ形で恨みを買ってしまったある一家との不和を描きます。彼らの住むカッパドキアに冬が訪れるとともに、取り残された彼らの鬱屈した内面が静かに明らかになっていく、濃厚な人間ドラマです。本作品の中に、主人公が経営する洞窟ホテルの観光客役で日本人が出演していることも話題になっております。
そこで、今回、映画の公開を記念して、音楽評論家のサラーム海上氏と、本作で日本人観光客役として大抜擢された、唯一日本人でジェイラン監督の撮影現場を目撃している村尾政樹氏をお招きして7月3日(金)にトークイベントを実施致しました。
村尾氏はパルム・ドール作品の貴重な撮影現場の裏話をはじめ、知られざる監督の素顔やお蔵入りのシーンについても言及され、サラーム氏は本作から見るトルコ文化の深さについてたっぷりとお話いただきました。

【イベント実施概要】
■日時:7月3日(金)19:00の回上映終了後 22:20〜22:40 
■会場:新宿武蔵野館 スクリーン2(新宿区新宿3-27-10 武蔵野ビル3階)

<トークショー内容>
登壇すると、村尾氏はトルコ語で「私は政樹と申します。トルコで俳優となりました」と挨拶し、会場を沸かせた。
サラーム海上氏は、トルコを代表するカルト映画「世界を壊した男」のTシャツを着てトークに登壇。「トルコは何層もの社会的階層、あと地域によって全く人が違います。この映画の中でも、妻のニハルは立食パーティーをしたりと非常に西洋風な感じがしますし、それに比べて使用人の方は、アナトリアな服装で、きっと床に座って食事をしてアルコールは飲まないだろうという佇まいです。カッパドキアはトルコのど真ん中、さらに観光地ということもあるので、文化・生活が混ざっているのがこの映画ではよく表れていると思いました」と映画に描かれているトルコ文化について語った。

村尾氏はオファーを受けた経緯について「ちょうど私が1年留学している時に、たまたま訪れたカイセリという場所で、日本語学科のある大学の教授に「映画に出てみないか?」と声をかけられました。監督のことも全く知らなくて、はじめはB級映画なのかと思いました」と語る。
サラーム氏も「そういう風に声をかけられることはトルコではよくあるんですよね、僕も90年代にトルコに行った時に「CMに出ない?」と言われてオーデションに行きましたね(笑)」と語った。
さらに、「誘ってきた大学教授もスタッフにも、最初は「ハロー」と台詞は一言だけだから、と言われてました。それぐらいならと思って出たら、まさかの一週間拘束されることになりました(笑)」と村尾氏。

撮影は2013年2月に行われた。基本的に、現場は全てアドリブ。一週間毎日撮影したものの、出演シーンは3シーン。
現場ではどんなシーンを撮影したか覚えていないほど撮影を重ねたそう。
「印象に残っているシーンは、全てボツになってますね。例えば、アイドゥン役のハルク・ビルギネルからアドリブで名前や出身地を聞かれたシーンで、僕とカップル役で出ていた女性が一回り違うことを知って、カメラが回っているのについ日本語で驚いてしまったんです。そしたら監督から「今のシーンはすごくいいね!」と大変気に入ったので、使われたらどうしようとドキドキしてました…(笑)」と村尾氏。
さらに監督や主演のハルク・ビルギネルについては「監督はトルコ人のなかでは、おとなしくて寡黙な印象ですね。最初はスタッフの一人だと思っていました。
主人公のアイドゥンのように、常に色んなことを考えている様子でした。日本で映画を公開するのは難しいと言っていましたが、監督としては作品に日本人を出演させたく、探していたようです。ハルク・ビルギネルは会った瞬間に大物!というオーラ満載でした。現場でもリードしてくださり、優しかったです。監督とハルクは常に2人一緒にいて、演出について語り合っている印象でした。大学に戻ってトルコ人の友達にハルクと監督の写真を見せたらびっくりされました。」と貴重な撮影現場の様子を語った。

村尾氏が受賞を知ったのは日本に戻って1年以上経ってからのこと。「facebookで受賞を知りましたが、パルム・ドールって何だ?と思って。検索したら最高賞とあったので驚きました。まさかカンヌの最高賞の俳優になれるとは思いませんでした。トルコの映画情報サイトには僕の名前が俳優として登録されているんです(笑)」と、俳優デビューにより村尾氏の人生も大きく変わったようだ。
村尾氏は「トルコでは、10回やって1回良ければいいというくらいに、上手くいかないのが当たり前。打たれ強くなった気がします。トルコにいた最後の最後に、いい経験ができて本当に良かったと思います。出来上がった映画を初めて見た時は集中してみられなかったのですが、改めて観ると人間の非常に本質的なところを考えさせられる作品だと思いました。こうした作品に出演できて非常に光栄です。ぜひ、この映画やトルコに興味を持ち続けて頂きたいと思います。」と締めくくった。

■登壇ゲスト
サラーム海上氏(音楽評論家/DJ/中東料理研究家)
中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。
原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、中東料理ワークショップ等、活動は多岐にわたる。
初の料理エッセイ集「おいしい中東 オリエントグルメ旅」が絶賛発売中。NHK FM「音楽遊覧飛行エキゾチックルーズ」放送中。

村尾政樹氏(日本人観光客役で出演)
2012年〜13年にトルコへ留学。日本にゆかりのあるトルコ各地を旅し、ある日訪れたカイセリの大学で教授に「映画に興味はあるか?」と聞かれ、トルコ映画を何本かみたことがあったので「あります!」とこたえたところ、ジェイラン監督のスタッフから連絡があり、写真やプロフィールなどを送ってメールでやり取りをしたのち、1週間カッパドキアでの撮影に参加することになった。