街の人々が待ち望んでいた短い夏の到来とともに開幕したモスクワ国際映画祭。
メインコンペティション部門に日本から唯一選出された「きみはいい子」の上映を控えた前日の23日、フェスティバル・プレス・センターにて記者会見が行われた。

滞在スケジュールの都合で異例の夜9時過ぎからの開始となったが、試写を終えたばかりの現地プレスの熱は高く、空港から直接会場へ向かった呉美保監督、川村英己エクゼクティブ・プロデューサーの話を聞こうと多くの人が待ち受けていた。

会見冒頭では司会者がまず呉監督の出産について祝辞を述べると、会場から拍手が湧き、呉監督も、「マトリョーシカを100体以上集めていることもあって、どうしてもこの映画祭に参加したかった。ギリギリまで来られるかわからない状態でしたが、今ここにいられるのが奇跡のようです。待っていていただいた皆様に感謝します。」と答えた。

長旅の疲れも見せず、呉監督はひとつひとつの質問に真摯に応え、会見は終始和やかなムードで行われた。

約30分の会見の中では、日本のアニメーションの影響や、前年の出品作「私の男」の熊切和嘉監督と呉美保監督の母校である大阪芸術大学の躍進など、さまざまな質問がとんだが、やはり一番の関心は本作のテーマと、そして役者陣の演技、特に生き生きとした表情を見せた子供たちの演技に集まったようだ。

「日本の社会に特有なテーマを取り上げたのか」という問いに対し、呉監督は「日本の社会を描いた映画ですが、世界の誰にでも当てはまるテーマなんじゃないかと思っているし、何かひとつ、ふたつでも救いになったり、何かの一歩になったりするきっかけになればと思って作ったので、そういう意味では日本より先にロシアの人に見ていただくことになったモスクワ映画祭は私の中で大きな記念になるのではと思っています。」と答え、川村プロデューサーも、「映画を作る理由の一つとして、日本だけではなく世界中で見てもらいたいというのがあります。確かに情緒など、日本的な作品だといえるかもしれませんが、この作品のテーマがもっと人と関わり合いましょうということなので、これはユニバーサルに世界が人類について考えていかないと、この先どうなってしまうのかという思いで作りましたので、もしロシアの人々に受け入れられるのであれば、この映画の成功の一つと言えるのではないでしょうか」と本作への思いを語った。

また、「たくさんの小学生が出演し、それぞれのキャラクターが非常によく描かれていますが、こんなにたくさんの小学生と映画を撮るのは戦争映画より大変なんじゃないでしょうか」という問いに対して呉監督は、「障害児役の子供以外は、全て演技経験のない一般の子供をオーディションで選びました。レッスンされていない、決まりきった演技ではなく、本当にフレッシュなその場でしか出ない、その一回しかない姿を捉えなければ成立しない映画だと思っていたので、その分大変でした」と撮影の苦労とその意図を吐露した。

そして、子役以外の役者への記者陣の高い評価に対し、「今回主演の若い男性教師役の高良健吾さんは、17歳から俳優をされて、ちょうど10年目のキャリアということで、「きみはいい子」をそのひとつの区切りの作品とおっしゃってくださったこともあり、そういう意味では一緒に丁寧な作品作りが出来たと思います。一方、子供に手をあげる母親役の尾野真千子さんは、いま日本の国民的女優といっても過言ではないくらい、映画にドラマに活躍されています。そんな彼女だからこそ、こういうハードな役が演じられたのではないかと思っています」と説明した。

会見の締めくくりには映画の結末についての問いが寄せられたが、呉監督はラストについて、「“人生は続く”、それがこの映画では描きたかったことのひとつです。疑問を残すような終わり方にあえてしているのですが、そこを結論づけていろんなことを丸くおさめるような作品ではないと思っているので、人生は続く、続けていかなければいけないんだと思ってもらえるようなラストシーンにしました。見た方に想像していただきたい、見終わったあとにほかの人と語り合って欲しい」と力強く語った。

会見のあとは個別取材も行われ、全てが終了したのは日付が変わる直前。「きみはいい子」に対するモスクワメディアの高い注目が伺える内容だった。

6月24日 公式上映

「きみはいい子」ワールドプレミアとなる、モスクワ国際映画祭名コンペティションでの初上映は、6月24日現地時間16時に、映画祭のメイン会場であるOktyabar劇場のメインスクリーンで行われた。

平日の昼間にも関わらず、多くの観客が、上映に先立ち舞台挨拶に登壇した呉美保監督、川村英己エクゼクティブ・プロデューサーを温かく迎えた。

呉監督は、「3週間前に出産を終えたばかりですが、ここにこられてみなさんに見ていただけることができてとても光栄です。スパシーバ!(ロシア語で“ありがとう”)」と挨拶すると、会場は拍手に包まれ、昨夜の会見同様、本作への思いを観客に訴えかけたあと、いよいよ上映が開始された。

終了後のロビーでは、たくさんの観客から感想を伝えられたり、サインを求められたりしていた呉監督。「やはりこうして生の反応を直接受けられることは本当に貴重。それだけでここに来て良かった」と胸がいっぱいのようだった。

上映後会場を後にする観客の表情を見ていても、「世界のどこにでも当てはまるテーマ」が伝わっていることが感じられる上映だった。

呉監督は、日本での公開初日に備え、翌25日にはモスクワを後にするが、映画祭は26日に閉幕、昨年の熊切和嘉監督に続く受賞が期待される。