東京公開を経て4月13日(土)から大阪市西区のシネ・ヌーヴォにて公開中の『あれから』。
4/22(土)、篠崎誠監督が舞台挨拶とトークショーで登壇した。

『忘れられぬ人々』(00)、『死ね!死ね!シネマ』(11)など、人々の感情のうねりを静謐かつ真摯に撮り上げた篠崎監督。『あれから』は、震災直後に被災地に住む恋人と連絡が取れなくなった女性の物語。震災後、徐々に日常に戻っていく暮らしの中で、不安と割り切れない思いを抱えて葛藤する女性が一つの決断をするまでを描いている。

ヒロイン祥子には『孤独な惑星』(11/筒井武文監督)の竹厚綾。その恋人・正志には、『CUT』(11/アミール・ナデリ監督)、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12/若松孝二監督)の礒部泰宏。『あれから』は、東京・渋谷にある映画美学校の学生スタッフとのコラボレーション作品。撮影は一年前、六日間で行われた。最初から震災をテーマに企画されたものではないが、篠崎監督の宮城に住む友人のことがきっかけだったという。

映画『あれから』は、4月26日(金)までシネ・ヌーヴォにて公開している。63分の濃密な映画体験にぜひ足を運んでいただきたい。

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一番心が動いたことをテーマに
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商業映画では有名原作がないとオリジナル企画は通らない現在。2011年に映画美学校で学生とのコラボレーション作品を撮ることになった篠崎監督は、予算と日数のみ遵守すれば内容は問われないことから、どうせならと学生に企画を募った。
「丸投げしてしまうと20代30代の企画はバラエティがないから、現実にあった出来事を一つモチーフにしてもらいました」
集まった企画はどれもピンと来なかったため、篠崎監督自身が自分にとって1番心が動いたことを考えたという。
「友人が被災したんですけど“すべてが変わってしまったけど僕はここで生きていきます”と一通メールが来て、
そのまま連絡つかなくなってしまったんです」

物資を送るにもどうしていいか分からず、ひと月くらいして女性から代理でメールが届いた。 “彼は入院していて面会謝絶の状態だから代わりに連絡しました”とあり、精神的に一時不安定な時期があったので再発してしまったのかと心配した。
「さらにそれから数ヶ月“結婚しました”という連絡が来て。会いに行ったんですけど、とても嬉しかったんですね。その時期、それ以上に自分の心が動いたことはなかったんです」

友人夫婦の了解を得て、彼が入院したことを映画の中のエピソードとさせてもらい、設定は全部変えることで企画を進めた。
「僕が本を書くとあまりに近しすぎて現実から離れられない。プロデューサーの松田さんも美学校の学生に書かせる方がいいだろうということで。酒井善三くん(映画美学校フィクション・コース14期生)とやりとりしながら脚本を書き上げました」

篠崎監督の商業映画デビュー作『おかえり』(96)は、精神のバランスを崩した妻とそれに寄り添う夫の物語だった。司会の影山理氏(シネ・ヌーヴォ代表)は、題材について
「人の内面や気持ち、病に関心がおありですか?」
「違ったものを撮りたいという思いがあって、『おかえり』的題材はどこかで避けてた所がありますが、もういいか、と。素直に今自分自身が撮りたいものを撮ったのが『あれから』です。その前に『死ね!死ね!シネマ』というめちゃくちゃな映画を撮っていたことも大きいと思います(笑)。
「撮ってみて面白かったし相変わらず不安になりましたね。俺十何年間何やってたんだろうって(笑)。現場で色々失敗したり取りこぼしたり、久々に泣く思いをしました(笑)」

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台詞ではなく、画と音で表現する
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低予算の映画ならではの工夫も随所に見られ、主人公が部屋で遭遇する地震のシーンは、セット撮影ではないとのこと。
「スタッフの親がマンションの部屋を売りに出すまでの一時期、借りて撮影しました。震災のシーンは家具を揺らしてるんです」
「7、8人がそれぞれ家具の後ろに隠れてるんですけど、遠近法で撮っているから分からない テグスでひいたりしながら撮影しました」
部屋の壁に出来た穴は造形物ではなくCGと、効果的な使い方がなされている。

影山氏は、主人公の恋人が抱く電車といった現代文明を象徴するものに対する恐怖感の表現として“電車の音”について取り上げた。
「その気持ちが分かるような電車の音でしたね」
「音は大事でしたね。今は電車も改良されてああいうガタンガタンって音はしないらしいんです。音のする線を探してもらって、枕木の音をこれじゃないこれじゃないって何回も」(笑) 

震災から一晩明けて、帰宅する祥子が坂道を下りてくるシーンでは、電線が垂れ下がっている光景が印象的だ。
「坂道の電線は手が届く所に垂れ下がっていて、それが地震の影響でそうなったのか、元々なのか、凄く不安定な感じになっていて。その状況は意図的に入れましたね。“原子力発電所反対!”て台詞で言わせるんじゃなくて、電線は東京からずっとつながっているので」

(Report:デューイ松田)