映画祭も後半戦に突入した22日。やっとカンヌらしい陽射しが戻ってきて嬉しい。深夜には花火も打ち上げられている。さて、今年の“長編コンペティション”部門に選出された22本のうち、これまでに14本が上映され、残すは8本となった。毎年、思うことだが、個々のコンペ出品作に対する“映画祭側”の暗黙の評価が上映スケジュールにありありと窺え、実に興味深いのだ。
 作品内容や観客の期待度もさることながら、監督の実績、出演者の顔ぶれによって上映回数にも差がつけられている。1日2作品の上映(上映会場は大劇場リュミエール)が大部分だが、まず、3回上映される作品Aと2回上映のBに区分され、前者の夜の正式上映(ソワレ)はゴールデンタイムの19時 or 19時半の開始。後者の夜の正式上映(ソワレ)は22時 or 22時半のスタートとなり、観客はともに正装を義務付けられる。だが、AとBのどちらにも当てはまらない作品があり、上映は昼間の中途半端な時間帯に設定されたマチネ上映の1回のみ。もちろんドレスコード無しなので観客の服装は全く問われず、ヘタをするとプレス向け試写も兼ねて行われる時すらある。そんな場合でも、監督&キャストは着飾ってレッドカーペットを歩くため、ちょっとチグハグな感じがするのは否めない。そして、思い起こしてみると、カンヌ取材を始めてから1度も“日本映画”のコンペ出品作が、ゴールデンタイムにソワレが行われた記憶はなく、ちょっと複雑な心境になってしまった。

◆名匠ケン・ローチ監督のコンペ作『ザ・エンジェルズ・シェアー』はグラスゴーなまりが強いため(笑)、英語字幕が付いた異例の英語作品!

 カンヌの常連監督であり、2006年の『麦の穂を揺らす風』で最高賞に輝いた英国のケン・ローチは、社会派監督として名高いが、今回で11度目のコンペ参戦作となる『ザ・エンジェルズ・シェアー』は、社会の底辺にいた青年が自分の思わぬ才能に気付き、知恵を絞った末のちゃっかりしたやり口で再起していく姿を軽快に描いた青春コメディだ。
 グラスゴーに暮らす青年ロビーは重い傷害事件を起こすが、社会奉仕活動に従事することを条件に刑務所送りを免れる。恋人との間に子供を授かったことを潮に生活を建て直そうと決意した彼は、懇意にしてくれる保護司に連れられ、社会奉仕活動で知り合った仲間たちと共に訪れた“スコッチ・ウィスキー”の利き酒会で、自分の思わぬ才能を知り、ウィスキーの虜になる。やがて、ある大胆な計画の下、仲間たちとスコットランドの名高い醸造所の見学に向ったロビーは……。タイトルの“天使の取り分(分け前)”とは、酒を醸造する熟成過程において、水分の蒸発により自然に目減りする量のこと。実に爽やかな人生賛歌に仕上げた快作で、フレッシュな若手俳優たちの瑞々しい演技にノックアウトされてしまった。

 夜22時半の正式上映に先立ち、12時半から行われた公式記者会見には、ケン・ローチ監督、脚本家のポール・ラヴァティ、出演者のポール・ブラニガン(ロビー役)、チャーリー・マッケラン(利き酒の達人役)が登壇。社会奉仕活動の仲間3人とロビーの恋人を演じた若手俳優4人が記者席の最前列中央に陣取って華を添え、陽気な記者会見となった。監督の朋友であるポール・ラヴァティは、スコットランドの厳しい社会状況を反映した本作について「失業や不況にもかかわらず、若者たちは自分の姿を未来に投影し、何とかしようとしているということを示すのが狙いだった」とコメント。主演したポール・ブラニガンも「グラスゴーにはロビーのような若者たちが大勢いる。僕自身も失業者だったし、借金も抱えていた。僕はこの役に救われたんだ」と発言。ケン・ローチ監督は、検閲による成人映画指定を避け、R-15を得るために「セリフを変更せざるを得なかった。“悪態語”で使えたのは一部だけ(笑)。実際にはアグレッシブでない表現しか残せず、それ以外は別な形でカバーしなければならなかった。問題は、イギリスの中流階級は下品な言葉で頭がいっぱいだという点にあるんだけどね」と語った。そして会見の最後に、ケン・ローチ監督が17時からUKパビリオンで“スコッチ・ウィスキーのテイスティング”のデモンストレーション&試飲会を行う旨をアナウンス! 
 早速、取材仲間と一緒に押しかけてみたら、なんと、先ほどの会見に登壇し、てっきり英国のベテラン俳優だとばかり思っていたチャーリー・マッケラン氏に出迎えられて驚いた。彼は、素人俳優の起用に定評のあるケン・ローチ監督に乞われて映画に初出演した、本物のウィスキー・テイスティングの達人だったのだ。その試飲会では実際に3種類のスコッチ・ウィスキーが提供され、利き酒の方法、嗜み方を始めとする実に興味深い話を聞く事ができ、とても貴重な体験をさせてもらった。
(記事構成:Y. KIKKA)