只今ヒューマントラストシネマ有楽町にてノルウェー映画「孤島の王」が絶賛公開中の運びとなっております。
本作はノルウェーのバストイ島にかつて存在した、少年向けの矯正施設で勃発した凄まじい反乱事件をベースにした実録ドラマ。このノルウェー本国でもほとんど知られていない事実を基に、マリウス・ホルスト監督が尊大な大人たちにあらゆる自由を剥奪され、理不尽な重労働や虐待にさらされた少年たちの運命を、圧倒的なリアリティと詩情に満ちた映像美で描出。外界から隔絶された厳寒の孤島で、いったい何が起こったのか?
少年たちの命懸けの友情と葛藤の物語に胸を衝かれ、極限の生存闘争と脱出サスペンスに息をのまずにいられない、心震わす〈魂の叫び〉がこもった必見の問題作です。

本作の公開を記念いたしまして、【知られざる北欧・ノルウェーの魅力】と題してトークショーを行いました。

≪『孤島の王』公開記念 知られざる北欧・ノルウェーの魅力 トークショー 第六回≫
日時:5月6日(日)
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町   ※16:40の回終映後に実施
ゲスト「ノルウェーの音楽療法について」/井上勢津(いのうえ・せつ) ノルウェー政府認定音楽療法士
学習院大学文学部哲学科卒業。東京音楽大学[声楽専攻]を経て、ノルウェー国立音楽大学に留学、北欧歌曲の研究を行う。
ソグン・フィヨルダーネ大学音楽療法コース修了。
現在、ノルウェー政府認定音楽療法士として日本で活動を行う一方、
日本とノルウェー両国で数多くの文化プロジェクトに関わっている。
共訳書に「文化中心音楽療法(2008年・音楽之友社)」、訳書に「わたしだって、できるもん!(2009年・新評論)」がある。
現在、ベルゲン大学グリーグアカデミーにて音楽療法の研究を続けている。東京音楽大学、東邦大学非常勤講師。

簡単に自己紹介とお仕事をはじめられた経緯について教えてください。
ノルウェーとの関わりは、もう15、6年になります。最初はノルウェーの歌曲を学びに留学したのですが、
そこで音楽療法に出会い、「これだ!」と思い、音楽療法を学びました。今もまだノルウェーの大学に所属して研究を続けています。

『孤島の王』の感想を教えてください。
私は音楽療法士なので、人がどのように変化するのかに興味があります。映画を拝見して感じたのも、
規律や規則は人の活動を制限できても人間を変えることはできない、人は他者との関係性が変化する中でしか変わることはない、ということでした。

音楽療法とはどういうものですか?またノルウェーの音楽療法とは?
私は自己紹介をするとよく「癒しの人ですね」と言われます。癒しは音楽療法の一部でしかありません。
多くの音楽療法士は障がい者や高齢者、病気を持った方を対象に音楽活動を行っています。
そのような従来型の音楽療法とノルウェーの音楽療法は何が違うのかというと、
私たちはよく「音楽療法室の扉を開ける」、と言うのですが、
閉じられていた扉をコミュニティに対して開けて活動を行っているところです。
このような音楽療法はコミュニティ音楽療法と呼ばれています。象徴的な言葉をひとつ、ご紹介します。
『funksjonshemmet』。これはノルウェー語で『障がい』という意味です。
Funksjonが機能、hemmetが妨げられたという意味で、
本来発揮されるべき機能が妨げられている状態が障がいであるということを意味しています。
機能を妨げているのは、問題や生きづらさを抱えている人自身だけではなく、その周囲であると考えています。
ですから周囲が変わらなければ問題や生きづらさは改善されないのです。
コミュニティ音楽療法が持っているイメージは同心円状です。真ん中にクライエントとセラピストがいて、
そのまわりを家族、友人、仕事仲間、施設のスタッフなどが取り囲み、
さらに関係団体、そして社会が取り囲んでいるという同心円です。
この全体を巻き込んで、音楽療法を行なうのがコミュニティ音楽療法です。

音楽療法はどのようなところで行われているのですか?
実は刑務所でも音楽療法が行われているんですよ。1990年にオスロの刑務所で始まり、
今ではベルゲンの刑務所でも行われています。罪を犯す人たちは社会の中で孤立している人が多いですよね。
刑期を終えて地域社会に戻っても、その中で良好な人間関係を築けずに孤立してしまえば、
再犯に繋がっていく可能性が大きいのです。音楽療法を通して、
ポジティブで現実的な自己像を持つ、アイデンティテイを強化する、
他者とコミュニケーションをとり、ネットワークを作ることなどを経験していきます。
それが社会に出た時に活かされます。また外に出てからの余暇の過ごし方などにもつながっていきます。
厳しい規律や規則で縛るのではなく、刑務所の中で人との関係性の構築の仕方を経験することを大切にしています。

最後に一言お願いいたします。
ノルウェーは世界で最も豊かな国のひとつであり、国民の満足度が高い国として知られています。
でもそれは与えられたものではなく、そこを目指し、映画のような失敗を積み重ねて、
ひとつひとつ、ある意味勝ちとってきたものだと思います。
羨ましがるだけではなく、そのことを胸に刻みたいと思います。