いま、社会の中核として活躍する中年期の人々に起こる心の病として、いま“ミドルエイジ・クライシス”が注目されており、多くの書籍も出版されています。10月2日より公開される映画『シングルマン』の監督トム・フォードはGUTTIやイヴ・サンローランなどの世界的なブランドを牽引し、“カリスマ・デザイナー”と呼ばれ、ファッションの世界で大成功を収めて、富も名声も手にしました。しかし人生の折り返し地点でミドルエイジ・クライシスと呼ばれる心の危機を迎え、もう一度自分の内面を見つめ直してなんとかその危機を乗り越えたと語っています。そんなトム・フォードが自らの経験を主人公ジョージに投影してつくった映画『シングルマン』のオーバー30試写会が9月20日(月)に行われ、専門科である大野裕さん(慶応義塾大学教授)と香山リカさん(立教大学現代心理学部映像身体学科教授)が、ミドルエイジ・クライシスを乗り切るにはどのような気持ちで人生を乗り切ればいいのかを伝授してくださいました。

ミドルエイジ・クライシスとは? 
がむしゃらに頑張るだけの思春期から青年期を過ぎて、様々な経験を積み、人生設計も固まるこの時期になると、自分のこれまでの生き方やこの先の人生はこれでいいのだろうか? という疑問が心に沸いて、人生の折り返し地点以降をどう生きるかと考えていく時期となります。いまアラフォーと呼ばれるいわゆる40歳前後の年代がこの世代となりますが、現在ではさらに若い30代の人々にもこのような悩みを抱える人々が増加していると言われています。中年期が直面する心の危機、それが“ミドルエイジ・クライシス”と呼ばれています。

映画『シングルマン』
1960年代のロスサンゼルス。長年のパートナーを失い、絶望感にさいなまれる大学教授ジョージ(コリン・ファース)。愛する者を失った人生に、意味はあるのか? と自らの人生を否定し自殺を決意する。しかしこの日が人生最後の日と思いつめながら過ごしていると、ささいな日々の小さな出来事さえも輝いて見えるのだった。──失われた愛への悲痛な想いとその記憶を、類まれなる美しい映像と演出で描いた愛と再生の物語。

●『シングルマン』を観た大野裕先生のアドバイス
〜 過去や未来ではなく、今が一番良い! と思えることが大切です 〜
主人公は、社会の殻に縛られてそこから抜け出せない。彼はもっと自由になってもいいんじゃないかと思いましたね。大切な人を亡くすというのは、人生においてかなり大きなピースで、そのことで全体がばらばらになるということもあると思うんです。一番大事なものを失うとほかの全てが意味を無くすような気がするし、色々なものを持っているのですが、それが単なる物でしかないというような気持ちになってしまうことがあります。そのとき自分は孤独だと思っているけれど、少し目を上げれば、実は周囲には人がいて助けてくれるのだということ。そのことに気がつけるかどうかが大きいですね。今が大事なんだということです。中年期になって今までの人生を振り返るとき、皆『本当にこれで良かったんだろうか?』という気持ちになると思うのですが、『それで良かったんだ』『いろんな人たちとの出会いがあって、今が一番良かったんだ』と思えることが大事なんです。この映画の最後のシーンは先のことは判らない。今が大事、生きてきた今までが大事なんだというメッセージなんだと思うんです。ミドルエイジ・クライシスの問題は今の若い人にも共通しています。就職の問題や、じゃあこれから自分はどう生きていくのだ? ということに対してのヒントがこの映画には含まれています。そして、もっと自由に生きていいんだよというメッセージがこの映画にはあります。だから観た人が力の出てくる映画だと思いますね。

●『シングルマン』を観た香山リカさんのアドバイス
〜 どんなに大切な人を失っても、人は悲しみを乗り越える力をもっているんです 〜
主人公は、パートナーが亡くなったことを電話一本で事務的に伝えられ、葬儀にも排斥されてしまいます。彼は、教授として成功し、幸せな人生を送っているように見えますが、ひとつ(パートナー)を失うことで、全てが駄目になったかのように思ってしまいます。しかし、愛する人を失って深い悲しみに陥ってしまっても、合うピースがなければ、パズルそのものを換えて違う生活に変えていく、本来そういう力強さを人間は持っています。もちろん亡くなった人を忘れるという意味ではなく、です。また、主人公はパートナーを失って一人になったとき、初めて自分の老いや色々なことを現実として受け止めらなくてはけないことに気付きます。現在は、私の同世代の50歳でも、孫がいる人もいればこれから嫁にいく人、大学に行く人もいて、選択肢がたくさんありますが、精神的には若くても、生物学的な老いは誰にでも容赦なくやってきて、そのギャップに悩んでしまうことがあります。でも本当に大事なことは、今、目の前にあるひとつひとつのことなんだ、ということをこの映画を通して見直してもらいたいですね。そして自分の人生に対してこれで良かったのかな? と戸惑っている人にとって、この映画が自分の人生を肯定的に見るようなきっかけにもなるといいなと思います。

『シングルマン』は、誰でもが陥るかもしれない心の危機を乗り切る勇気を与えてくれる、日々を大切に生きることの意味を教えてくれる映画です。映画から人生のエールをもらえる・・・トム・フォードがこの映画にこめたメッセージをぜひ劇場で確認してください。