はや中盤を迎えたカンヌ国際映画祭。長編コンペティション部門参加作品の正式上映は、5月19日で半数の11作品を消化した。この19日に上映されたコンペ出品作は、ベルギーのダルデンヌ兄弟の『ロルナの沈黙』とアメリカの気鋭監督ジェームズ・グレイの『Two Lovers』の2本。
 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟は『ロゼッタ』(99年)、『ある子供』(05年)で2度のカンヌ映画祭パルムドール受賞歴を誇る(02年の『息子のまなざし』では主演のオリヴィエ・グルメに男優賞をもたらした)名匠。社会の底辺に生きる人々の姿を描き続けてきた彼らが、長編第7作目となる『ロルナの沈黙』で扱ったテーマは偽造結婚! ベルギーを舞台に偽装結婚で国籍を取得する闇の商売の道具に使われるアルバニア人女性の姿を描いた社会派映画で、主演に抜擢された新星アルタ・ドブロシは実際にアルバニアの出身の女優だ。そしてジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンギオーヌ、オリヴィエ・グルメ、モルガン・マリンヌらダルデンヌ組の常連俳優が脇をガッチリ固めている。

◆『ロルナの沈黙』の気さくなメインキャスト3人と余裕しゃくしゃくの兄弟監督のコメントを紹介!

 ベルギー国籍を取得するため麻薬中毒の青年クローディと偽装結婚したアルバニア人のロルナ。実は彼女には同郷人である本物の恋人がいて、彼とスナックを開店するのが夢だ。だが彼女は闇の商売の世話人ファビオからロシア人マフィアを相手とする次の偽装結婚を迫られ、殺人計画の片棒を担がされることになる……。 
 正式上映の翌日の20日、主演のアルタ・ドブロシ、クローディ役のジェレミー・レニエ、そしてファビオ役のファブリツィオ・ロンギオーヌの3人に話を聞いた。

 過酷な減量を行い、劇中では別人のように痩せ細った姿を披露したジェレミー・レニエは、「とりあえず体重を5キロ減らしてみたが、それでは見た目がほとんど変わらず、全然ジャンキーに見えないと判ってね(笑)。なので2ヶ月かけて15キロを落としたんだ。その間は一日一食だけ。それも魚100グラムに海藻と野菜、あとは水とプロテインのみ。夜もなるべく寝ないようにしてたよ。ダルデンヌ兄弟の映画は全て順撮りなんだ。とても珍しい方法だけどね。だから撮影をやり直す場合に備えて、ロケ場所なども、2〜3ヶ月の撮影期間中ずっと押さえている。僕の体重もストーリーに即していなければならないから、映画の中盤、僕の役が少し健康をとり戻すシーンの撮影に入るまで減量を続けたんだ」そう。
 オーディションで抜擢され、ダルデンヌ兄弟から実際にベルギーのロケ地で生活しながらフランス語を習得するよう求められたアルタ・ドブロシは、「ダルデンヌ兄弟の現場はとにかくリハーサルを繰り返すの。
2人とも俳優の意見にオープンだし、提案も待ってくれるので、お互いに信頼関係が生まれたわ。2人は変更を恐れない柔軟な方。その監督作品には初参加だったけど、ジェレミーとファブリツィオの3人で良く話し合ったわ。なので、入り込むのは容易だったの。すぐに彼らのファミリーのなかに受け入れてもらえた気がしたわ。共演した2人とは、とにかく素晴らしい関係を持つことができたの」とコメント! 確かに取材中も冗談を言い合ったり、ジャレたりと、仲の良さが実に伝わってくる3人だ。
 ファミリーの長兄とも言えるファブリツィオ・ロンギオーヌはドキュメンタリーの監督経験もある知性派だが、今回の映画について「今までとは少し違う感じがする。初めてリエージュという“都市”で撮影したり、音楽を使ったりしているんだ。これまでの一言のタイトルとは異なる今回の説明的なタイトルは、監督2人の“観客に対して、開かれた作品にしよう”という、よりオープンな姿勢の表れなんじゃないかな」と鋭く分析してくれた。

 5月22日には監督のジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟にも話を聞く機会を得た。実はメインキャスト3人の取材中、その取材ルームに顔を出した兄弟。俳優陣に「日本人のジャーナリストは素晴らしいよ!」と声をかけ、上機嫌で立ち去っていったのだが、まさに余裕しゃくしゃくで、パルムドールのプレッシャーは全く感じないと言う。今回も取材攻勢が一段落したら、映画祭最終日を待たずに帰国するそうだ。
 これまでの監督作品の題名はシンプルな単語のみだったダルデンヌ兄弟。だが今回は“ロルナ”という名前だけでなく、更に“沈黙”という単語を加えた理由を問うてみた。「実はね、語尾が“a”で終わる名前が好きなんだ。ロゼッタのようにね(笑)。なので、まずは名前を考えた。で、ロルナと決めたわけさ。そして、彼女の“沈黙”とは、ロルナが殺人計画を殺される当人に伝えなかったことを示している。伝えることが出来たはずなのに、そうしなかったことへの罪悪感。つまり彼の死に対する、彼女の罪のあがないは、彼の子供を身ごもること。つまり想像妊娠と向かうんだ」と語ってくれたのは、弟のリュック・ダルデンヌ。この息の合った兄弟監督は、インタビュー時には質問に交互に答えるスタイルを確立しており、互いの返答には全く口を挟まない。一方の返答を笑みを浮かべて頷きながら聞く2人の連携プレーは実になめらかだった。

◆今年のコンペに選出されたアメリカ人監督作品は4本
そのトップを切って上映されたのは『Two Lovers』

 94年の監督処女作『リトル・オデッサ』でヴェネチア映画祭銀獅子賞を受賞し、注目を集めたニューヨーカー、ジェームズ・グレイ。監督第4作目となる『Two Lovers』は、社会派サスペンス『裏切り者』(00年)、クライム・ムービー『We Own the Night』(07年)に続く3度目のカンヌのコンペ作だ。
 ニューヨークのブルックリン。失恋の痛手から立ち直れず、意気消沈して両親の家に戻ってきた青年の前に2人の対照的な女性が現れる。1人は家族ぐるみで付きあうユダヤ人一家の可憐な娘(ヴァネッサ・ショウ)で、青年の両親も気に入っている。もう1人はアパートの隣人となった、美しいが少し情緒不安定な女性(グウィネス・パルトロウ)。2人の女性の間で揺れた青年は……。主演は前2作に引き続きコンビを組んだホアキン・フェニックス。だが残念ながらホアキンは急病でカンヌ入りを果たせず、5月20日に行われた公式記者会見の冒頭に、遺憾の意を表した彼のメッセージが読み上げられた。
(記事構成:Y. KIKKA)