『記憶の森』ザブー・ブライトマン監督&ベルナール・カンパンさんインタビュー@第10回フランス映画祭横浜2002
雷に打たれて記憶障害を起こしたクレールと、妻子を自己で失ったショックから記憶喪失になったフィリップ。療養所で出会った二人は愛しあい、二人で暮らすようになるのだが、愛の日々の中で記憶を取り戻して行くフィリップに対し、実は遺伝性アルツハイマーを患っていたクレールは記憶を失って行く…。
『女と男の危機』をはじめ数々の作品に出演し、フランスを代表するザブー・ブライトマンさんの初監督作品は、記憶障害という難病を超え愛を貫く二人の姿を、幻想的な美しい映像を交えて描いた切ないラブストーリー。1本目の上映作品となった今年のフランス映画際横浜でも、多くの観客を切なくも爽やかな感動で包んだ。
映画祭には、ザブー・ブライトマン監督とフィリップ役のベルナール・カンパンさんがゲストとして来日。そのインタビューをお届けする。
Q.この作品の発端はフランス映画際横浜だったそうですが。
ザブー・ブライトマン監督——今回の作品のプロデューサーに最初の作品の脚本は断られたんですけど、次の作品用に4年前に横浜で書いた10行程のシノプシスを彼が気に入ってくれたんです。ですから横浜は、私にとって愛称のいい映画祭です。
Q.本作の着想はどういった部分から生まれたのですか?
ザブー監督——それは私自身判りません。自分の無意識の部分に問い掛けなければならないことです。コミュニケーションはひじょうに難しい。でも、今おっしゃられた、一人が上昇し一人が下っていくそういう交差の部分、4年前に横浜で書いた10行程の短い詩の部分が全てなんです。その交差について描きたかったんです。後はこの病気について語りたかったんです。
Q.物語は前半が病院で多くの患者が描かれています。こうした病院が実際にどうなっているのかを直接見たことはないんですが、個性と言うか独特な症状と存在の患者達が、とてもリアルなものに感じましたが、リサーチの方はかなりされたのですか?
ザブー監督——リサーチはかなり行いました。ドキュメンタリーを見たり専門医について患者のカルテを見せてもらったり、患者を診たり。そこから人物を書くヒントを得たんです。勿論そのまま書いたわけではないですが、かなりの要素が入っています。あった患者の全てのカルテを持っていて、それぞれ異なるケースを作品の中で描いていきたかったんです。ですからこれは、各患者のお話でもあります。中にはベトナム人の老人の症例のように、私が創作したものもあります。彼が何を話しているのか私達にはわからないのですが、コミニュケーションにはある意味でそうした言葉を超えるものがあると思うんです。
Q.冒頭、チャップリンの『モダン・タイムス』の曲から始まり、最初は何故だろうと思ったんですが、今おっしゃられた場面や最後の部分でこれでか…と納得しました
ザブー監督——『モダン・タイムス』の中には様々な段階がありますが、その中で唯一台詞があるのがチャップリンが言葉を忘れてしまうところなんです。そしてチャップリンはトーキーを嫌っていましたっよね。それがひじょうに面白い。オープニングの曲、フランス語タイトルは“ティティンを探して”なんですが、これは皆さんチャップリンの曲だと思っているらしいですが、実は昔のフランスの曲をカバーしたものなんです。ですからひじょうに面白いのは、記憶によって歴史を作り変えられることなんです。この“ティティン”というのは全てを表すと思うんです。探すのは幸福であり、言葉であり、自分であり、人生であり全てだと思うんですよ。
Q.ベルナールさんの演じられたフィリップは、ひじょうに難しい役柄だったと思いますが、出演の話に最初どうお感じになりましたか?
ベルナール・カンパンさん——これを断るなんて私にはできませんでした。もし断ったら、本当の愚か者だってことです。最初に脚本を読んだ時に本当に感動させられました。すごく繊細なものが感じられ、よく書かれ、リサーチもしっかりされた深い話だと感じたのです。一読してすぐに引き受けましたよ。私にとっても大きな挑戦だと思いました。
Q.初監督になるザブーさんとのお仕事はいかがでしたか?
ベルナールさん——監督の仕事は大きく分ければ俳優の演技指導と撮影後の編集作業の二つがあります。後者に関しては作品が出来上がるまで見ることはできなかったんですが、完成作を見て素晴らしい仕事ぶりで美しい映画だと思いました。そしてイザベル・カレも同感だと思いますが、前者の部分でザブーは特に素晴らしいと思いました感激させられました。彼女は適切な演技指導ができるんですよ。一つのボールが転がっていく先を、ちゃんと思う方向へ直してくれるような感じなんです。
Q.女優としての経験は、監督としての仕事にどのように影響しましたか。
ザブー監督——女優だったからこそ監督になるのに役立った部分はありますよ。多くの監督が俳優を怖がっていることがあるんですが、私は女優であったために俳優の立場をよく知っていますから、そういうことは最初からなかったんです。ですから関係がシンプルにいったんです。誤解が生じることも無く。私は20年間演じることをやってきましたので、スタッフとの関係もわかってますし、俳優との関係もわかっています。20年間カメラの後ろで何が起こっているのかを興味深くみてきたことが、プラスになったと思いますよ。
ベルナールさん——付け加えると、彼女は写真もやっていて、音楽、脚本執筆などもやっています。監督の仕事はそうしたこと全てですから、そこに辿り着くために徐々に段階的に準備をしていたんです。
Q.ザブー監督の今後のお仕事の予定は?
ザブー監督——舞台もやってきましたが、これまでTVの仕事が多かったんです。この映画を撮ったことにより、女優として映画のオファーが多くなってますが、ある人から「読むのはやめなさい、そうしないと書けなくなるよ」と言われたんです。現在私は2本目の映画のシナリオを書いているところですが、これは大きなプレッシャーなんですよ(笑)。一作撮ると「次は、次は…」って。ですから“2”という数字が恐怖感なんですよ。それで、“2”という数字は消してしまって1本目の映画の第2部を作るという感じで考えています。これはコメディで、同じキャストを起用する予定です。それで1作目からのプレッシャーと恐怖が取り払われるわけです。それが終わったら第3部って感じで、2本目はないんです(笑)。
Q.最後に日本の観客にメッセージをお願いします。
ベルナールさん——この作品は、フランスでは皆さんから好んでもらいました。この映画は、映画と観る人との物語でもあるわけです。日本で上映されることがあったり、この映画の感想を聞かれた時には、どれだけの愛情を語っいるか、観た人たちがどれだけ愛情を返してくれるか、好きでいてくれるか、そうしたことを色々な人に言って欲しいと思います。そして映画の中の愛の物語は、続いていくのです。
ザブー監督——この作品を今回上映しまして、観客の方々に感動していただけたと思います。日本でこの作品の配給がつき、公開されることを心から待っています。そしてこの映画が日本でも成長してくれればいいなと思います。
(宮田晴夫)
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フランス映画際横浜2002
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