9/10(金)京都みなみ会館、9/11(土)シネ・ヌーヴォにて映画『まっぱだか』が公開初日を迎えた。

シネ・ヌーヴォの上映後の舞台挨拶に登壇したのは、監督・脚本・撮影を手掛け、俳優としても出演している安楽涼監督と片山享監督。俊役の柳谷一成さん、ナツコ役の津田晴香さん。

山崎支配人は「元町映画館さんが宣伝・配給、十周年を記念して作られた映画がシネ・ヌーヴォで上映できるって凄く嬉しいことです」と笑顔で4人を歓迎した。

安楽涼監督(吉田役)、津田晴香さん(ナツコ役)、柳谷一成さん(俊役)、片山享監督(横山役)。

2020年に10周年を迎えた元町映画館が記念の短編のオムニバス映画を企画。声を掛けた監督の中に片山監督と安楽監督がいた。元町の物語を作るなら共同監督でと考えた2人だったが、短編映画というオファーのところ、2人が撮ろうとしたのは何故か長編だったという。オムニバスからは外れたものの、2人から元町映画館の林支配人に共同制作を提案し、映画『まっぱだか』が実現に至ったという。

当たり前が崩れ去った現実を受け入れられない俊(柳谷一成)と、現実の自分ではなく他人から求められる自分に翻弄されているナツコ(津田晴香)。2人が出会い、当たり前の先を模索する青春ムービーだ。


●少人数の『まっぱだか』組を支えたもの

映画『まっぱだか』から「チーム感が伝わって来た」という山崎支配人のコメントを受けた安楽監督は、
「そうですね。今日も録音部の杉本さんが来てくれたんですけど、スタッフはこれで全て。元町映画館の方に手伝ってもらったり、自分と片山さんの映画の公開を経て出来た街中の友達が手伝ってくれました」

少人数だからこそ全部を共有し、全員がそれぞれのシーンに向かってやるしかない状況だった。しかし「この映画だから」そうしたわけではないという。

「片山さんも自分も演出の時は役者さんに聞くことが大前提。役者さんに今どういう気持ちですかって聞きながら進めました。距離が近くならないとそういったことを話せないですから」

それぞれの監督の作品に出演経験がある柳谷さんは、
「今回主役をやらせて頂いて、完全に信頼しているお2人だったので、遠慮もなく恥ずかしげもなくっていう姿が『まっぱだか』の俊なのかなって思います」

逆に彼らの現場は初めてという津田さんは、
「もっと演出の段階でこうして欲しい、合わせて欲しいと言われるのかなと思ったんですけど、先ほど安楽さんが言ってくださったみたいに今どう思っているかを一緒になって考えてくださることが多かったので、私も一緒に映画作っているんだなって思えてすごく嬉しかったですね」

片山監督は、
「録音で参加してくれた杉本さんを含めて、共通言語を大事にしている人たちなので、そういう現場を作り上げて行けたのは本当に良かったです。元町の皆さんからは、惜しげもなく場所を貸していただいたり、差し入れをいただいたり、本当に協力体制でやって頂きました」

東京から参加したのは片山監督、安楽監督、柳谷さん、柳谷さん演じる俊の元恋人・さとみ役の大須みづほさんの4人。録音部の杉本さんは大阪在住、津田さんは神戸在住で、他はほとんど元町の方が出てくれたという。

「普遍的な話で、突拍子もない観光地の映画というわけでもないので、逆に元町らしさが出ているのかなと思っています」


●当たり前を変えるボールの行方

主人公が野球ボールを通じて様々な人とコミュニケーションを取っているように読み取ったという観客から、演出の意図について質問が挙がった。

片山監督は、「当たり前ということがテーマで。俊は自分が思っていた当たり前がなくなってしまって、ボールを坂に投げれば返ってくるのが当たり前なのでそれを繰り返すことで、当たり前にすがっている」と俊の心情を語った。

「当たり前をいろんな方向に導いてくれる。悪い方向もあるかもしれない。この映画に関してはいい方向だと思っているんですけど、人が動かしてくれるという意味合いでボールを使っています」

おもに片山監督が書いた脚本だったが、安楽監督がこんなことを言ってくれたという。

「当たり前って繰り返しですよねって」
当たり前のことはずっと繰り返し行われていく。そういった意味もあのボールに込められているという。
「2人がボールを追っている意味合いは強く出ていると思っています」

「街の風景が素晴らしい」という山崎支配人。ナツコと俊は街の中を歩いて走って、ある時はボールを転がしながら移動する。

「言葉よりも体を使って動くシーンがたくさんありました。そのあたりはどのように演じました?」

津田さんは「俊がずっとあの場所にいるから、どうにか動かしたいと思って無理やり引っ張っていって。あのシーンはすごく楽しかった」

柳谷さんも「あそこだけ楽しかった(笑)」と二人の意見は一致する。撮影の終盤で撮られ、辛いシーンの撮影が多かった中で楽しめるシーンだったと回想する。
ボールのコントロールが悪いという津田さん。
「危ないから気をつけてねって言われながら、楽しくなりすぎるとゆき過ぎちゃうんで」
無心にボールを追いかけることで段々心の距離が近づくナツコと俊。見る者を笑顔にさせるシーンだが、その後の転調はぜひ劇場で楽しんで欲しい。


●唯一無二の元町映画となった理由

モトコ―(神戸元町高架下)や元町商店街をつなぐ歩道橋など、普段よく通る場所が印象的だったという観客から、元町の街の魅力やあの場所を撮った理由、ロケハンのエピソードについての質問が挙がった。

東京在住の安楽監督だが、元町映画館で2019年、2020年と2作品を1週間ずつ公開した。毎日舞台挨拶に通ったことで、ロケハンをしなくても街のどこに何があるか把握できるようになった。いわば通勤圏内の場所は把握しているが、元町のガイドブックに載るような場所は多分わかってはいないという。それが逆に映画に新鮮な魅力を与えている。

花隈周辺が多くなった理由については、
「すごく言いにくいんですけど、僕は初めて自分の映画を元町映画館で公開した時に、1週間車中泊をしていたんですね。そしたら最終日に家を貸してくれるというおばあちゃんに出会ったんです(笑)。13階建てのマンションの13階の空き部屋で。いつでも泊まっていいよ、鍵貸すからって。そんな出会いがあって僕は元町に行くと必ず花隈に泊まっているんです」というネタのようなホントのエピソードも。

同じく3日ほど車中泊をしたという片山監督は、
「銭湯から元町映画館に行く道で、なぜ高架の下に歩道橋があるんだって(笑)。そこを通った時にすごいいいなと思って。足跡を感じる街で、この企画に呼ばれる前からそのことを安楽と話をしていて。脳内ロケハンでほとんど終わりました」

2人が仲良くなった人が働いている店。コーヒーが美味しかった喫茶店。居座っても文句言われない喫茶店。毎日飲み行ったバー。初めての映画公開の時に時間が空いて初めて行ったというポートアイランドなど。2人にとって大切な人や場所がこの映画に様々なマジックをもたらしている。


●撮影の裏ではもう一つの『まっぱだか』

山崎支配人から、俳優としても出演している両監督に対して、
「安楽さんも片山さんが話し合って創作されたものを、現場に入ってお二人が演技する時に変化はありますか」

片山監督は、
「脚本は大事なんですけど、机上の空論だと思っているので。人間がそこで生きるわけですから、その時その時の感情の方がすごく大事だと思っています」

ある程度脚本からそれることがあっても、それたのは何故なのかを俳優に確かめるという。安楽監督とすり合わせをして、良ければそのまま活かすという。

片山監督と安楽監督は、俳優として出演もしているため、主演の二人と距離が近いことから、津田さんの演出は安楽監督が担当し、柳谷さんの演出は片山監督が担当したという。
「見て分かると思うんですけども、津田さんには普段から嫌われるという(笑)」

ナツコのコンプレックスを刺激する役柄のせいか?片山監督のネタ的打ち明け話が続く。

「それは受け止めるしかないんで、最後の撮影では本当にずっと敬語を使って、とりあえずメガネにして帽子かぶって見た目を変えて、絶対目を見ない(笑)」

シーンによっては片山監督に演出されるときもあり、「どうしていたのか」と安楽監督に尋ねられた津田さん。

「ナツコとして感情が高ぶっている時に片山さんから言われることがあって、最後の演出がそうで、怒りの沸点がさらに高まった状態で(笑)」と当時を回想した。

エピソードの宝庫・片山監督は、ナツコと俊を前に片山監督演じるバーのマスター横山がごねるシーンを撮った後の柳谷さんとのネタも投下。

「柳谷と感情的にぶつかるシーンも何回かやっていて、監督に戻らないといけないから、OKになった後で仲直りをしようと思って(笑)」

30分ほどして戻って来た柳谷さんに声を掛けたところ、驚くような事態に。
「一回仲直りしようって言ったら泣き泣き出して。片山さんに本当に失礼なこと言ってすみませんでしたって(笑)。あれは何だったんですか」

「もう訳わかんなくなっていますからね」
舞台挨拶では、言葉少なに語ることが多い柳谷さん。その熱さと混乱ぶりに観客からも笑いが巻き起こる。
「普段から先輩でもあり、ヨコさんと俊の関係性もそういう感じだと思ったんで。お前なんか、みたいなことを言ってしまって、謝りに入りたいけど入れない。どうしようかなーって思って。でも次の撮影もあるし、謝ろうと思って地下の店に降りたらいきなりハグされて。それで爆発しちゃいました(笑)」

片山監督は、「俺が書いた脚本なんで、本当におかしな話なんですけど(笑)」

山崎支配人の「もう一つの『まっぱだか』の台本のような(笑)」という言葉が、その場の全員の気持ちを代弁していたかもしれない。


●今公開できていることは当たり前じゃない 

最後に、一言ずつコメントをすることになった4人。

安楽監督は、『まっぱだか』の中でキーワードとして何度も語られる「当たり前」という言葉に触れ、「緊急事態宣言があって映画館が開かない日だってあって、当たり前じゃない事が起こって。そんなことを思いながら片山さんがこの脚本を書いてきて、僕も脚本を書き足してこの映画ができました。今公開できていることは当たり前じゃないと思っていますし、映画館が企画・配給をやってくれて、みんなが来てくれて映画見てくれて、僕らは今も映画監督でいられる。今日はこの映画を観に来ていただき、本当にありがとうございました」

津田さんは、この映画に出るまでは自分のことが好きではなかったという。脚本を作る際にそういった気持ちを素直に吐露したという。
「撮影でクライマックスに私が言った自分に対する気持ちは、本当に思っていることです。あの気持ちを見つけたのは本当にこの映画のおかげだと思っていて、自分と向き合う事ってなかなかないと思うので。ちょっとでも自分を見つめるきっかけになったり、周りにいる人が改めて大切だなって気付ける作品だと思うので、何か一つでも感じて帰っていただけたらとても嬉しいです」

柳谷さんはとても個人的なことだが、と前置きをしながら「当たり前に近くにいてくれた人とかが突然いなくなったりすることで、役者としていいお芝居をしようということ以前に一人の人間として近くの人を大切にしていきたいと改めて思った作品でもあります。そういったことを『まっぱだか』で感じてもらえたらとても嬉しいです」

片山監督は、
「映画館が企画配給している映画ってあんまり聞かないと思いますし、こういう時期だからこそ、映画が映画館でかかることを大事にしていきたいので、息の長い映画になっていけたらと思っています。僕らもまた映画館で会えるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします」

それぞれの真摯な思いを観客に届けようと映画『まっぱだか』の上映は続く。

京都みなみ会館は9/23(木)までの上映、シネ・ヌーヴォは9/24(金)まで。
元町映画館では今年中にアンコール上映を予定している。

(レポート:デューイ松田)