ナチスに弾圧され奪われた美術品と、それに関わる人々の運命に迫る名画ミステリー『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』が、いよいよ4月19日(金)より全国公開となります。
ナチス・ドイツがヨーロッパ各地で略奪した芸術品の総数は約60万点にのぼり、戦後70年以上経った今でも10万点が行方不明と言われている。ユダヤ人富裕層や、かのルーブル美術館からも問答無用で憧れの名品や価値ある美術品の略奪を繰り返した。ピカソ、ゴッホ、シャガールらの傑作に「退廃芸術」の烙印を押して徹底的に排除する一方で、古典主義的な作品を擁護した。なぜヒトラーは、そこまで美術品に執着したのか?

先日発表された、イタリア映画記者組合が選ぶ権威ある映画賞ナストロ・ダルジェント賞のドキュメンタリー部門で2冠(Best Art Cinema Event賞、アートフィルムオリジナルサウンドトラック特別賞)に輝いた本作。
この度日本公開を記念して、4月9日(火)に代官山 蔦屋書店にて、ジャーナリストの佐々木俊尚さんと著作権などの知的財産権を扱う弁護士の水野 祐さんをお迎えし“佐々木俊尚×水野祐が読む、芸術を利用した政治家の姿と現代”と題したトークイベントを実施いたしました!

◆日時4月9日(火)◆会場:代官山 蔦屋書店1号館 2階 イベントスペース
◆ゲスト:佐々木俊尚(作家/ジャーナリスト)水野 祐(法律家/弁護士)MC:品川 亮(ライター/編集)※敬称略

まず、本作の感想について、佐々木さんは「美術品がどのように失われ、それをいかに奪還していくかの経緯が面白い。一番びっくりしたのは、こんなに美術品に執拗に執着するヒトラーって一体何なんだったんだろう、と。しかも(彼の右腕的存在の)ゲーリングと争うようにして美術品を取り合う様子は、一つのおもちゃを前にして子供二人が取り合うようで、彼らの執念と欲望の源泉は何なんだろうか、ともっと知りたくなりました。圧倒的感がすごい映画です」。 続く水野さんは「弁護士的立場からいえば、美術作品は人によっては大きな財産であり、所有権の対象です。でも一度世の中に出て、国家的なものに巻き込まれると非常に公的な側面、公共財としての側面が引き立ってくる。歴史的な名画をみていると自分一人のものとして囲えない、というか、国家のもの、ヒトラーのもの、元々所有していたコレクターのもの、色々な権利がぶつかりあって、作品が右往左往していくんですよね。ある意味、いろいろな変遷を経たアート作品だけが歴史を知っているのでは。この映画によって、そういった作品を追っていくことによって歴史があぶりだされるという過程が見られた気がして非常に興味深かった」と美術品の著作権を扱う弁護士ならではの視点で本作の魅力を語る。

本作の中では、1933年から45年にかけて、ナチスがヨーロッパ各地で略奪した芸術品の総数が60万ともいわれ、戦後70年以上経った現在でも10万点が行方不明といわれている、という事実が明かされるが、それに関連して「ヒトラーは視覚的なイメージに訴えるということに異様に敏感な人だった。ヒトラーが画家を目指していたことは有名だけれど、ナチス政権下、レニ・リーフェンシュタールが監督し“ベルリンオリンピック”を記録した映画『オリンピア』でも視覚イメージを打ち出し、国家統一を描いた点やナチスファッション、いわゆる制服のカッコよさは、例えばガンダムのジオン軍やスター・ウォーズの帝国軍のデザインまでナチス・ドイツっぽいファッションとされ、いまだに世界中に影響があるといわれています」と佐々木さん。

水野さんからは「アーティストが作った作品は誰のものか、という議論があって、『「レンブラント」でダーツ遊びとは―文化的遺産と公の権利』という有名な本がありまして。レンブランドの絵を所有している人がダーツ遊びでそれを壊していいのか、という文化遺産と公共の権利、所有権との問題などを書いていて面白い本なのですが、文化遺産となったものについては明らかに公共的な側面、つまり万民のものであるというある種の錯覚が起きるのですが、必ずそこには所有者がいます。本作でいうとナチスに奪われたり、その後(奪還され)アメリカに戻されたり、美術館に行ったりする、色々な権利や政治的な思惑の中で移動していくんですよね」という話が紹介された。すると佐々木さんから「バブルの時代、齊藤了英という大昭和製紙(現・日本製紙)の経営者がいて、一番景気がよかったときにゴッホとルノワールの絵をかなりの高額で買って、「俺が死んだらこの絵と一緒に焼いてくれ」といって世界中の美術愛好家から総スカンをくった、という話もありますね」と続け、観客からは驚きの声も上がった。

また本作の中で印象的な話として、ヒトラー専任の美術商だったヒルデブラント・グルリットが、戦後もひた隠しにしたピカソ、ルノワール、マティスなど絵画約1280点が、2012年ドイツミュンヘンにある彼の息子コーネリウス・グルリットの自宅から発見されたという衝撃の事件(グルリット事件)が挙げられ、水野さんからは「グルリット事件については、ナチスから奪われた真の所有者に返還する運動というのが世界中で起きています。ただ美術商だった父のグルリットの評価は実は分かれていて、グルリットはナチスの近くにあえていて、大切な作品を自分の手元に残した、ある種英雄という評価も。本来ならば散逸してしまうはずのあの時代の名画だけれど、それを防ぐことになったというんですね」という興味深い話も語られた。

最後にこれから本作を見る方にむけては、佐々木さんは「美術館に展示されている絵がガサっと奪われてどっかに持っていくことができてしまうんだ、戦争って、と思いました」と本作の衝撃を改めて一言で伝え、水野さんからは「個人的には美術作品の公共財としての側面と私有、国家とのバランスなど興味深い点がたくさんあるドキュメンタリーです。皆さんの興味の中で面白がれる側面や切り口がたくさんあると思うので、この作品を観たあとにぜひSNSに感想をあげていただいて、それがある種の文化的な空間を作っていくということになったら面白いなと思います」と本作を観たことで考える機会になればという提案がなされ、多岐にわたるトピックス満載のトークイベントとなった。
※写真:佐々木俊尚氏(左)、水野祐氏
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ゲストプロフィール
佐々木 俊尚
作家・ジャーナリスト。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆・発信している。総務省情報通信白書編集委員。「そして、暮らしは共同体になる。」「21世紀の自由論〜『優しいリアリズム』の時代へ」「キュレーションの時代」など著書多数。Twitterのフォロワーは約78万人。

水野 祐
法律家・弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師、同SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。グッドデザイン賞審査員。IT、クリエイティブ、まちづくり分野のスタートアップや大企業の新規事業、経営企画等に対するハンズオンのリーガルサービスや先端・戦略法務に従事。行政や自治体の委員、アドバイザー等も務めている。著作に『法のデザイン ー創造性とイノベーションは法によって加速する』など。
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トニ・セルヴィッロ(『グレート・ビューティー/追憶のローマ』)原案:ディディ・ニョッキ 監督:クラウディオ・ポリ 
2018年/イタリア・フランス・ドイツ合作/イタリア語・フランス語・ドイツ語・英語/ビスタサイズ/97分/英題:HITLER VERSUS PICASSO AND THE OTHERS  ©2018 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved  字幕監修:中野京子(作家/『怖い絵シリーズ』)/日本語字幕:吉川美奈子 
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム  
★公式サイト
hitlervspicasso-movie.com