この度、1月5日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開する映画『迫り来る嵐』のトークイベントを12/19(水)に都内・京橋テアトル試写室にて下記内容で行いました。

日 時  12月19日(水)21:00〜21:30  場所:京橋テアトル試写室
登壇者  松崎健夫さん(映画評論家)、矢田部吉彦さん(東京国際映画祭プログラミングディレクター)

「スルメのように何度も見ても楽しめる映画!」

東京国際映画祭での選定について
矢田部(以下、矢):中国は商業映画が多く、アート系の映画が少ない中で、(この作品は)工場のチェイスの迫力、雨のトーンの美しさに惹かれて、世界的に評価された「薄氷の殺人」ともまた違った優れた作品だと思って選びました。

影響を感じる作品
松崎(以下、松):「めまい」とか「カンバセーション・・・盗聴・・・」の影響を受けたと東京国際映画祭の時に監督が話されていたんですが、「セブン」とか「ミッドナイトクロス」の影響も感じます。あと、工場の前で待つシーンは、リュミエールの「工場の出口」を再現したかのようにも感じて、映画がすごい好きな監督なのかなと思いました。

97年という時代
松:97年という時代設定なんだけど、監督は“いま”のことを描きたいんじゃないかなと感じました。香港返還の年で、中国の地方都市の人々にとって、返還された香港はあこがれの的だった。でも現在、地方と都市との格差があって、北京や上海に憧れを持っているのと変わりがないのかなと思いました。
矢:監督はその時代(90年代)、高校から大学の年齢で人格形成をしている時期で、その当時は何が起きているかわかっていなかったと言ってました。だから、それを理解するために、この時代を描いてみたかったと。主演のドアン・イーホンも同じようなことを言ってました。08年も北京オリンッピックがあって、もうひとつの大きな転換期だったと。20年経っても状況が変わっていないという指摘もそのとおりだと思うので、ただ、当時を振り返っただけの映画ではないですね。

最近の映画の傾向
松:いま、過去を描くことによって、過去から今を再考してみるという作品の傾向があると思います。アカデミー賞関連でも(アルフォンソ・キュアロン監督の)「ROMA/ローマ」とか、バリー・ジェンキンスの「ビールストリートの恋人たち」とか、昨年のスピルバーグの「ペンタゴンペーパーズ」とか。自分たちがその当時、間違ってたんじゃないかと考え直す映画が増えていて、「迫り来る嵐」も40代の監督が描いていることに意味があるんじゃないかと思いました。
矢:それでいうと、今年の東京国際映画祭で上映した中国映画の「詩人」という作品も90年代を描いていて、ジャ・ジャンクーと同じくらいの世代の監督で、あの時代は重要で大きな転換期だったので、改めて触れたい、今にも通ずる話と言ってました。

演出について
矢:演出というか、この工場を見つけて、それを映画に取り込んだセンスがこの映画(の良さ)を決めたのかなと。工場が時代に取り残されていく恐竜に見えて、これはその中で争っているドンキホーテの話だなと。その視点に惹かれました。
松:僕が気づいた点でいうと、男女の恋愛に対する違いで、男は過去にこだわるけれど、女性は未来を見ている点です。二人が話していて、(女が男に)写真をあげるシーンで、女性は鏡を見ながら男性を見ている。視線が合っているのかなと思うんですが、実は男は(女ではなく)写真を見ているんですね。つまり過去を見ている。だから視線があっていないから、二人はそもそも結ばれることはなかったのかなと。

天候について
松:ずっと雨が降っているわけではないですが、降っている時に悪いことが起こる。雪になるところは、より厳しい状況になっていることを意味しているんだろうなと。そういう天候を演出として利用しているところが面白かったです。
矢:映画のイメージを雨で統一したいと監督は言ってました。ただ、雨降らしが大変だったようです。あと、壇上のシーンも含めて、雪の演出の効果も見事だったと思います。あれは事実だったかどうかもありますが、実は正解はなくて、目の前にあることを全て受け入れていいのか、疑問を持つべきだということを監督が話していたので、その判断は観客に委ねると。わかりやすいものに対する抵抗というものを感じました。
松:それでいうと、男がトラックで轢かれるシーンがあって、主人公の角度からは見えないけど、違う角度から見れば見えたはずなんですが、見る角度によってものごとの見え方が変わるということを意味しているのかなと。

最後に一言
矢:映像表現で語って、すべてわかりやすく説明はしないという監督の思いがあると思います。見れば見るほど発見があるので、何度見ても楽しめる映画だと思います。
松:私も2回目で気づいたことがありました。スルメのような映画だと思います。