この度、昨年2016年東京国際映画祭で審査員特別賞と主演女優賞をダブル受賞し、世界の映画祭でも絶賛の声が相次ぐ映画『サーミの血』が、2017年9月16日(土)より、新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほかにて公開いたしました。公開を記念し9月20日(水)の渋谷アップリンクでは、社会学者の宮台真司さんと小説家・映画監督の榎本憲男さんが登壇、熱いトークが繰り広げられた。


■日時:2017年9月20日(水)
■会場:アップリンク渋谷 アップリンク渋谷(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)
■ゲスト:宮台真司(社会学者)、榎本憲男(小説家/映画監督)

北欧スウェーデンの美しい自然を舞台にサーミ人の少女の成長を描いた『サーミの血』が9月15日(土)より公開いたしました。
映画の公開を記念し、社会学者の宮台真司さんと小説家で映画監督の榎本憲男さんが登壇、熱いトークが繰り広げられた。

本作は、北欧スウェーデンの美しい自然を舞台に描かれるサーミ人の少女が、家族、故郷を捨て自由を求めて奮闘する姿を描いた作品。映画について宮台さんは「多くの方がこの映画をアイデンティティ映画であると理解している。それは間違いではないが、この映画の最も重大な部分は、“ぼくたちの社会がどう描かれているか”ということだと思う」と分析。

宮台さんは「僕たちの定住社会は一万年位前から始まりました。その“定住革命”によって初めて“法”ができました。それ以前には、“法”はなかったんです。定住によって“所有”という概念が生まれ、所有を維持するために出来上がったのが“法”です。定住していない人間には、“使用なき所有”なんて意味不明だし、それを守る“法”も分からない。主人公のエレ・マリャもそう。だから、一度性交した青年が家族と住む家に、押しかけて居つく。定住の作法を知らない遊牧民が、定住社会に同化してどうなったか……という物語だ」と解説。

続けて宮台さんが宮崎学著『近代の奈落』を例に挙げ「定住民は非定住民を差別する。差別される側は反差別運動をするけど、被差別部落の存在が忘れられて“一般ピープル化”することを、望みがちでした。ですが20年前ぐらいから、そもそも“一般ピープル化”を望むべきなのかという疑問が生じたんですよね。宮崎さんは何かの差別が残っても、“一般ピープル”のクソ社会に同化すべきじゃないと言います。まさにこの映画はそこがモチーフなんですよね。“同化するな”という妹と“同化したい”という姉の、日本でも被差別民の間で起きている論争が姉妹の間でも再現されている」と指摘した。

さらに最近公開したポール・ヴァーホーヴェン監督『エル ELLE』、是枝裕和監督『三度目の殺人』、黒沢清監督『散歩する侵略者』の3作品と『サーミの血』には共通の軸があると分析。宮台さんは「これらの作品と『サーミの血』はモチーフが同じで、完全にシンクロします。僕たちは“法”を守ることが正義だと思ってきたし、この社会の形を保つことが適切だと思ってきたし、この社会に適合してうまく生きる事が大切だというふうに思っているけど、それは違う。この社会がクソであるなら、社会に適応しないのが正しい。せいぜい適応したフリに留めるべきである。そういったことが、この3作品にも描かれている。法やルールを守ることこそが非倫理的なんだという考えの作品がこの2年ぐらい続々と出てきているのは、みなさんの感受性の中に社会というものへの疑念が生じてきているからだと思います。“何かがおかしい”、“ルールや法を守ることが幸せにつながるとは思えない”、“いったい僕たちは何のためにこの社会に適応しているのだろう”といった違和感が生まれている中で、こういった作品が出てきているということは非常に重要ですね」と述べた。

映画のラストシーンで老いたエレ・マリャが、妹の亡骸に向かって言う「私を許してね」に込められた思いについて客席から質問が出ると、宮台さんは「僕の考えは単純で“なりすまし”でいるべきだったという思いでしょう。というのは、彼女は本来、定住社会の中核に座ることが出来ないマージナルパーソン<周辺人>だったわけだけど、そのことを忘れて中心へ行った。誰もが幸せに生きる権利があり、“一般ピープル”になりたがるのも当たり前だけど、彼女は尊厳を傷つけられてきた過去を忘却し、全てなかったことにして定住民として生きた。つまり“なりすまし”を忘れてしまった。そのことへの謝罪だったと僕は考えます。今さらながら謝罪したのは、彼女自身が、実は“クソ社会”では満たされていなかったからだと思いますね。自分が誇り高き周辺人であることを忘れるべきではなかった」と回答した。最後に榎本さんが「いろんな解釈ができる映画だね。インテリ向きの映画かもしれませんね(笑)」と発言すると、会場全体から笑いと拍手が巻き起こりイベントは幕を閉じた。

<プロフィール>
■宮台真司
社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。1959年3月3日仙台市生まれ。京都市で育つ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で単著30冊、共著を含めると100冊の著書がある。著作には『権力の予期理論』(理論書)『14歳からの社会学』(青少年向け)『〈世界〉はそもそもデタラメである』(映画批評)などがある。キーワードは、全体性、ソーシャルデザイン、アーキテクチャ、根源的未規定性、など。

■榎本憲男
小説家、映画監督。映画会社で、劇場支配人、番組編成、企画、シナリオ作成、プロデュースなどに携わる。退社後、『見えないほどの遠くの空を』(ワルシャワ映画祭フリー・スピリット・コンペティション部門正式招待)で映画監督デビュー。他に監督作品として、短編『何かが壁を越えてくる』(東京国際映画祭日本映画・ある視点部門正式招待)、『森のカフェ』など。小説『エアー2.0』(小学館)で大藪春彦賞候補となる。来年、新作小説『クラッカー』(仮)を発表予定。