曇り→大雨→曇りと天気が急変した映画祭9日目の22日(木)。“コンペティション”部門では、英国のケン・ローチ監督の『ジミーズ・ホール』とカナダの俊英グザヴィエ・ドラン監督の『マミー』が正式上映。“ミッドナイト・スクリーニング”部門には、韓国のチャン監督の『ザ・ターゲット』が登場。また、“ある視点”部門ではイタリアの女優アーシア・アルジェントが監督した『ミスアンダーストゥッド』など2作品が、“カンヌ・クラシック”部門では、セルゲイ・パラジャーノフ監督の『サヤト・ノヴァ』(1969年)、アルフレッド・ヒッチコック監督の『巌窟の野獣』(1939年)が上映されている。


◆英国の名匠ケン・ローチ監督は実在の人物をフィーチャーした『ジミーズ・ホール』でコンペに参戦!

 2006年の『麦の穂をゆらす風』でパルムドールに輝き、2012年の前作『天使の分け前』でも審査員賞を受賞しているカンヌの常連監督ケン・ローチのコンペ出品作『ジミーズ・ホール』は、1930年代のアイルランドを舞台に、実在した共産主義活動家ジミー・グラルトン(1886年〜1945年)が、アメリカに強制追放されてから10年ぶりに祖国に戻り、かつて自分が建てたダンスホールを再建すべく奮闘する姿を描いた社会派ドラマ。
 ジミー・グラルトン(バリー・ウォードが好演!)は時代の荒波にもまれる内戦後のアイルランドに10年ぶりに帰国する。仲間たちに歓待された彼は年老いた母親との平穏な生活を望んでいたが、村の若者たちの訴えに衝き動かされ、閉鎖されたホールの再開を決意する。それは庶民の憩いの集会所となる多目的ダンスホールであったが、図らずもそれを快く思わないカトリック教会との諍いを招き……。共演はシモーヌ・カービー、ジム・ノートン、ブライアン・F・オバーンら。

 朝の8時半からの上映に続き、11時から行われた『ジミーズ・ホール』の公式記者会見にはケン・ローチ監督、脚本家のポール・ラヴァティ、撮影監督のロビー・ライアン、プロデューサーのレベッカ・オブライエン、俳優のバリー・ウォード、シモーヌ・カービーが登壇。
 本作で監督業を引退するとの発言が注視を浴びていたケン・ローチ監督だが、その真意を質す質問に対して監督は、「本作を撮る前はもう無理かと思っていた。でも、完成した今は、また少し違う気分なんだ。まずはワールドカップを観戦してから、どうなるか様子を見るつもりさ(笑)。なにせ完全に辞めてしまうのが難しい職業だからね」と返答し、会場の雰囲気を和らがせた。
 ケン・ローチ監督は題材に選んだジミー・グラルトンと現在のアイルランドの状況について、「アイルランドの状況はネオリベラリズムの圧力下にある他のヨーロッパ諸国と同じだと思うよ。ジミーが現代に生きていたら、全てを実質的にコントロールし、世界を牛耳る強大な権力に戦いを挑むだろうね。時代は変わっても共通する部分があるんだ。それは、アイルランドのこの地方の若者の、人生への欲望を持つ若者たちの生きる喜びさ。作品の中にそれが見つかることを願っているよ」と語り、主人公と対立したカトリック教会の神父については、「ジミーを非難する神父が独断的で頑固な人物となるように注意を払ったんだ。神父はジャズに反対し、ジミー・グラルトンは地獄に堕ちると断罪する。当時の教会の残酷さを忘れてはいけないんだよ」とコメント。
 また監督は、デジタルではなくフィルム撮影に拘ったことにも言及。編集時に在庫がなくなったナンバリングテープ(既に製造終了)を米国のピクサーから譲られて作品の完成にこぎ着けたことを打ち明けた。この件に関して製作者のレベッカ・オブライエンは「この『ジミーズ・ホール』で、ひとつの時代が終わった気がします。大きな問題は、必要な機材や製品がもう入手できず、もうロンドンには上映できる映画館がないことなんです」と時代の趨勢を嘆いた。


◆長編5作目の『マミー』でコンペに初参戦した早熟の天才監督グザヴィエ・ドラン!

 弱冠25歳のカナダの気鋭監督グザヴィエ・ドランがついにコンペ部門に登場! モントリオール生まれで、子役出身のグザヴィエ・ドランは、2009年の初監督&主演作『マイ・マザー/青春の傷口』で“監督週間”の3賞を独占してセンセーションを巻き起こし、2作目の『胸騒ぎの恋人』は翌年の“ある視点”部門で上映。2012年に同部門で上映された3作目『わたしはロランス』ではスザンヌ・クレマンに“ある視点”女優賞をもたらし、ヴェネチアア国際映画祭のコンペ部門に出品した4作目『トム・アット・ザ・ファーム』では国際批評家連盟賞を獲得した早熟の異才監督だ。衣装やインテリア、小道具etc.にその独自の色彩センスを発揮し、観客を魅了してきた彼が脚本&監督した長編5作目の『マミー』もまた、劇中でのフレーム(スクリーンサイズ)の転換、光彩、サウンドトラックなど、隅々にまでエッジを効かせまくった傑作であった。
 未亡人のダイアン(アンヌ・ドルヴァル)は、発達障害による注意欠陥&多動症を抱えるティーンエージャーの息子スティーヴ(アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン)を女手一つで気丈に育ててきたが、手に余ることもしばしば。だが、ある日、向かいに住むミステリアスな主婦カイラ(スザンヌ・クレマン)が思いがけない援助の手を差し伸べてきたことで、スティーヴは安らぎを覚えるようになる。人生に新たな希望を見出したダイアンは……。

 21時半からの正式上映に先駆け、12時15分から行われた『マミー』の公式記者会見にはグザヴィエ・ドランとプロデューサー、キャストのアンヌ・ドルヴァル、スザンヌ・クレマン、アントワーヌ・オリヴィエ・ピロンが登壇した。
 監督デビュー作を始め、自作の幾つかにも起用した俳優のマヌエル・タドロスは実の父親で、「父とは、今は親密な間柄だけど、幼い頃は毎週末だけに会う仲だった。僕はジングルマザーに育てられたんだ」というグザヴィエ・ドランだが、『マミー』について「この映画の母親は、実際の僕の母とは大違いだよ」とことわった上で、「セリフは役者たちと一緒に作り上げてるんだ」とコメント。鮮烈な印象を残す1対1の変型スクリーンサイズについては、「このフォーマットはね、撮影監督が学生時代から試してみたかったんだと言うので、じゃあ、やってみようぜってことになった。色んな可能性を探るためにね」と語り、さらには編集、衣装、音楽への拘りについても言及した。


◆カンヌ市長が長編コンペの審査員団&報道陣を招いて主催する恒例の“プレス・ランチ”が大雨で中止に!

 『ジミーズ・ホール』『マミー』とコンペ作の公式記者会見2連発をこなした後、外に出てみると何と大荒れの雷雨で、13時半から予定されていた“プレス・ランチ”が中止になっていた。この催しは、カンヌの市長がコンペの審査員と世界中から集った報道陣を招き、プロヴァンス地方の伝統料理でもてなす太っ腹な恒例イベント(土産品まで付く野外昼食会)で、陽光の下でカジュアル・ファッションに身を包んだ審査員たちのリラックスした姿を写真撮影できる貴重な場だったのだが……う〜む、残念!
 なので、予定を急遽変更し、14時からマチネ上映されるアーシア・アルジェント監督の自伝的要素の濃い『ミスアンダーストゥッド』を鑑賞することに。
(記事構成:Y. KIKKA)