NHKアジア・フィルム・フェスティバルの企画として、イランの若干36歳、アミル・シャハブ・ラザヴィアン監督が取り組んだのは『グレーマンズ・ジャーニー』という老人3人によるロードムービーである。テヘランから東方のビルジャンドまで2000キロの道程を、かつて人形劇一座を組んでいた3人はポンコツ自動車で旅する。若い頃に旅したその道を逆方向にたどっていく。さすらいの作家やアフガン人のヒッチハイカーと触れ合いながら、彼らが声高に歌うのは恋の歌。老いた心にも、いつか若い日の恋の思い出が甦る。
 ラザヴィアン監督は、99年の東京国際映画祭シネマプリズムに中編『老人の歌』を出品しているが、長編はこれが処女作になる。主に、テレビシリーズやドキュメンタリーを撮っていたというこの監督の本作は、撮影隊が画面に入り込みドキュメンタリー的な色合いを見せるが、それすらも計算され尽くしたドラマのトリックであり、中堅・ベテラン監督らのとるドキュメンタリー的手法とは違った趣を醸し出している。
 ティーチインは、フランス文学者でありアジア映画にも造詣の深い野崎歓さんの司会の下で繰り広げられた。(2001/12/16実施)

Q.この映画は、芸達者な老人たちの存在から発想したものですか? それとも、この企画のために彼らを探した出したのですか?
——まず自分のアイデアがあって、それから彼らを探しました。彼らを選んで、彼らの本当の性格を知り、彼らを映画の中に投影するということをしています。
Q.イラン革命前への郷愁のようなものを感じましたが、それは見方を変えれば今の政権に対する批判ととられる可能性もあると思います。イラン国内での上映は自由なのでしょうか?
——革命(1979年)から長い年月が経っています。今のイランでは、革命前の歴史を批判し抵抗しますが、革命後については間違いを起こしていれば批判します。映画の中に出てくるモサデク首相は、昔、イギリスとアメリカがイランの石油地域を支配しようとしたときに国民のために立ち上がって戦った人で、その後、流刑になってしまいました(編注:モサデクは、英米と組んだ元国王と対立し、元国王の策略で失脚)。ですから、彼に尊敬の念を込めましたが、深い話はしていません。公開にも問題はないと思います。イランでは、今の社会的な状況も以前の社会的状況も批判した映画が作られていますから、問題ないと思います。
Q.今までに上映されてきたイラン映画とは随分違うところがあって、歌謡曲というか、人々が親しんでいた歌が随分たくさん使われてました。「100年前の歌も歌える」と言うシーンもありましたが、かなり古い歌を使われているのでしょうか? 歌について少し教えてください。
——40数年前の歌もありますね。おじいさんが『100年前の歌だ』と言っていますが、イラン人は少しオーバーに話しますので、そういうことです。私はイランの音楽すべてをとても愛しています。ここで使った音楽は、1920年代から民衆に愛されてきた音楽ですが、いろいろなタイプの民族的な音楽を使いました。たとえばアフガン人が出てくるところでは、アフガンの音楽です。それは、アフガン人にはノスタルジーを感じさせる歌だと思いますが、イラン人でもノスタルジーを感じます。
野崎氏Q.なんと言っても印象に残るのはジャワド(レザ・シェイク・アーマド・カムセ)ですけど、実際に彼は人形劇の歌い手さんだと思いますが、「1日タバコ50本吸う」とか言っていて、実際タバコは体にいいんじゃないかと思わせるような人でしたよね。さっきうかがったところでは、お酒もたいへんに好きな人らしくて、撮影中はお酒を調達するのもたいへんだったんじゃないかと思います。イランの老人恐るべしという感じがしました。あれだけ強烈なキャラクターを持っている人を演出するというのは大変だと思うのですが、言うこと聞かなかったんじゃないですか?
——言うことは聞いてくれました。ジャワド役のレザ・シェイク・アーマド・カムセはとても面白い人で、たくさんの思い出があります。イランには、フィルターのない古いタバコで何かを加えたわけではないのにとても臭いのがあるんです。そのへんにある枯葉を紙に包んで吸うみたいな感じです。ジャワドはよく自分で言ってたんですが、家族にタバコ臭いと言われて、秘密の部屋を別に持ったんだそうです。あるとき、『もう絶交だ』と言って、その部屋に行ってしまって3日経って、奥さんと子供たちが『第二夫人がいるに違いない』と思って部屋に入ったら、誰もいなくて、ただタバコの吸殻の山だけだったんです。彼はその部屋でずっとタバコを吸ってたんです。彼を演技指導することはある意味で簡単だったかもしれません。彼はプロだったし、いつも舞台に立っていたから言うことはよくわかってくれて、『こういうセリフです』と言うと、自分のセリフにしてしまって、アドリブを加えたりもしてくれて。勝手にいろいろやってくれて、それがいいときもあればとても迷惑だったときもありました。

 なお、この映画は、第4回NHKアジア・フィルム・フェスティバルで、12月16日(日)13:00、12月19日(水)19:00、12月22日(土)11:00の3回上映。

□第4回NHKアジア・フィルム・フェスティバル
http://www.nhk-p.co.jp/event/asia/asia.html

(みくに杏子)